「味わえるのは一度だけ」有名シェフも認めた、旬の味が自慢のレストラン

毎日の食生活に野菜は欠かせないもの。しかし、スーパーに行けば1年を通してどんな野菜も手に入る現代では、その便利さとは裏腹に野菜について知ることは少なくなっているようにも思います。

ならばいっそ、野菜のことを一番よく知っている人に聞いてみよう! そしてあわよくばおいしい野菜が食べたい! と向かった先は福島県会津坂下町。この町で暮らす慶徳敬子(けいとく・けいこ)さんは、“農家の嫁”である傍ら、自宅で「農家レストラン・けやき蔵」を営んでいます。

作り手として伝え手として、真摯に野菜と向き合ってきた慶徳さんに「本当においしいもの」を教えてもらいました。

「えっ、ここ?」けやきの木に守られるようにたたずむ、看板のないレストラン

集落の細い路地を進むと見えてきたのは大きなケヤキの木。樹齢300年はくだらないという大木に見守られるように、「農家レストラン・けやき蔵」はあります。
と言っても、お店に看板はありません。
なぜならここは慶徳さんのご自宅だから!

玄関を開けて「ごめんください〜」と告げると、笑顔で迎えてくれたのは、ソムリエ服をビシっと着こなした慶徳さん。

首元の赤いスカーフは「野菜ソムリエ」の証

メニューのないレストラン。同じ料理には出会えない?

古民家風のお座敷が「農家レストラン・けやき蔵」の店内。奥には母屋と隣接して建てられている蔵の扉が! この重厚な雰囲気の中で食事ができるなんて。お料理をいただく前からテンションが上がります!

お店は完全予約制。その時の旬の野菜をメインにした日替わりのお料理が約9品並びます。

この日のメニューは、笹巻き風のごぼうのお寿司に、ローストポーク、ごぼうの春巻きに豆腐の醤油麹漬け、車麩のポーチドエッグ、お餅入りのごぼうのお吸い物、ナスの冷製、それとお漬物。デザートはミニトマトのシロップ漬けに甘糀がけ。そしてごぼうのお茶!

何から何まで野菜づくしなのにこのボリューム、そして何より美しい!!!

この日のメニューはこちら。旅館のお食事並みにゴージャス&品数が多い!

どんなスゴ腕のシェフにも出せない味。その秘密は……

お吸い物を一口いただくと、えも言われぬ芳醇な香りの中に、凝縮されたような旨味がいっぱいに広がります。ずっと飲んでいたくなるようなこのお味。何か隠し味があるんですか!?

「なんの出汁と言われても(笑)。やっぱり野菜の旨みですかね。以前、東京の有名レストランのシェフが食べに来てくださったとき、“これは採りたてだから出る味だ。都会じゃこの味は出ない”と褒めてくださって。それまで当たり前に作って食べていたものに、価値があることに気づかされました」

美しく彩られた料理の一つひとつが、家庭料理のあたたかさを思い出させてくれる

その日ある、最高の食材でメニューを考えていく

使用している野菜はすべて慶徳さんの畑で採れたもの。それも予約が入っている日の朝に、畑から食べごろのものを収穫し、素材次第で献立を決めているそう。だからここにはメニュー表はありません。まさに一期一会。毎日が特別メニューという贅沢なレストランなのです。

お料理とともにテーブルに並ぶのは、野菜の花や葉を活けたディスプレイ。

「これはウドの花、こっちはスイスチャードよ」
と、ひとつひとつの説明を聞くうちに、食材としてだけでなく植物としての野菜の美しさにもハッとさせられました。おなじみの野菜にこんな知られざる一面があったなんて……。

「これが野菜の花だというと、みんなびっくりされますね。ある人に“自分で作ってるから葉っぱまでも自信を持って出せるんじゃない?”と言われたことが印象に残っています」

ただの「農家のお嫁さん」。でも、料理が上手だった

お隣の喜多方市から嫁ぎ、長年農家の嫁として台所を任されてきた慶徳さんに転機が訪れたのは10年ほど前のこと。

ちょうど6次産業(農業のみならず、加工販売も手がける形態のこと)が話題になってきた頃で、「自分でもやってみたい」と、家のリフォームに合わせ敷地内に加工所を開設しました。

初めはおにぎりなどを近くの直売所で販売するのみでしたが、そのうちお弁当の注文がくるようになり、それならば「加工所で作ったものを自宅で提供したらどうか」と考え、「けやき蔵」をオープンしました。

畑からお皿の上まで一直線で繋がる食の提案は口コミで広がり、今では首都圏からもお客さんが訪れるほど。お料理上手の農家の奥様は、知る人ぞ知る野菜のカリスマだったのです!

栽培から収穫、調理までも自分でやる。旬を感じてほしいから

慶徳さんの野菜へのこだわりをもっと知りたくて、畑を案内してもらうことに。ご主人と二人三脚で手入れをしているという畑には、たくさんの野菜が植えられていました。

「これはカボチャ、あれは枝豆、ここはネギね。白菜はまだ植えたばっかりだけど、これからの季節の主役になってくれる。スイカはもう終わり。まだひとつなってるけど、食べてみる?」

会津の象徴、磐梯山を望む広々とした畑を歩きながら、種類を数えてみるとその数、なんと15種類以上! それも季節によって変わると言いますから、年間何十種類もの野菜を育てている計算になります。

一体どうしてこんなにたくさんの野菜を育てているんですか?

「スーパーに行くと冬もトマトがあったり、いつもなんでもあるでしょ。野菜には本来、そのときにしかできない“旬”があるのに。スーパーで買えば何でも作れるけど、そうしないのは旬を感じてほしいから。そのとき一番おいしいものを味わってほしいんです

畑を見渡すと、今を盛りに伸び伸びしているもの、役目を終えて土に還ろうとしているもの、まだ植えられたばかりの苗まで状態もさまざま。当たり前のことなのに、いつの間にかスーパーに並んでいる野菜に見慣れてしまっていたんだなあ……。

カゴの中の野菜たちは、まさに今が味のピーク!

畑を見て、自分で作っているからこそ、話せることもあるんです」とは慶徳さんの言葉。
食べてもらうだけじゃない、伝え手だからこその使命が野菜作りに活きています。

キツイけど、ここでしかとれない“伝統野菜”を受け継いでゆく

「農家の嫁」「けやき蔵のオーナー」「野菜ソムリエ」とたくさんの顔を持つ慶徳さんの、忘れてはならないもうひとつの顔。
それは「伝統野菜の生産者」であること。

畑に植えられたさまざまな野菜の中でも、一際目を引くギザギザの大きな葉っぱ。

これは「立川ごぼう」といって、慶徳さんが暮らす会津坂下町の立川地区でのみ栽培されている貴重な伝統野菜! 先ほどいただいたメニューにふんだんに使われていたのも、実はこのごぼうでした。

現在、立川集落では57軒中、40軒以上がこのごぼうの生産者。普通のごぼうに比べて香りが良く、肉質も柔らかなのが特徴で、10月下旬から12月にかけて旬を迎えます。

しかし、地中深く育つごぼうは収穫が大変! かつては1本1本手で掘っていたそうで……。

嫁に来た時は本当に秋が嫌いでした(笑)。だってこれ、手で全部やるんだよ!
昔から作って食べてきたもの、というくらいで、当時は『伝統野菜だ』という意識もしていなかった。それでも続けてきたからこそ、今になっていろんな縁がつながりましたし、そういう意味でも『宝物』だったのかなとは思います」

会津の伝統野菜はごぼう以外にもいっぱい

長い間大切に受け継がれてきた味は、今や地域を代表する特産品に。11月には「立川ごんぼフェスティバル」なるお祭りも開催され、たくさんの“ごんぼ(ごぼうの方言)”ファンで賑わいます。この地域の“宝”を次の世代へと伝えていくことも、慶徳さんのミッションなのです。

食をもっと豊かに。調味料も作り始めた

ここ数年は発酵食品にも目覚め、自家製の麹で醤油麹や味噌なども手作りするように。食材のみならず、調味料もお手製とますます“ここにしかない味”を追求しています。慶徳さん、どれだけ進化するの!?

「お金をかければ機材や資格はなんでも揃えられる。でもそうじゃなくて、あるものの中で工夫しながらやる方が楽しいんだって思うの。今自分が持っているものの中で何ができるか、できる範囲で手を抜かないことが大切なのかなって。畑の野菜を見て『今日はこれを作ろう』って考えるのも、それと似てるかもしれません」

慶徳さんのレシピノート。日々のメニューを書きとめている

“旬”という最高の贅沢で、食の豊かさを知る

慶徳さんの活動の根本にあるのは「食の豊かさを伝えること」。かつては当たり前にあった“旬”を味わう食事のありがたさを、慶徳さんに教えてもらいました。

「けやき蔵」で出会える“旬”の大切さと、それがもたらしてくれる食の豊かさ。これからも大切にしていきたいですね。

農家レストラン「けやき蔵」
所在地福島県河沼郡会津坂下町立川金山153
Tel/FAX 0242-82-2387 ※要予約

取材・編集/渡部あきこ+プレスラボ
写真/千葉崇