東京で働く女性ライターが、福島の誇りを取り戻す。

古くから伝わる年中行事を通して、福島の伝統文化を伝え残す季刊誌「板木(ばんぎ)」が、2013年春に誕生しました。
この企画立案は、福島市役所文化課によるもので、年4回の発行を3年続け、月別に年間行事を取り上げるプロジェクト。
この福島ならではの季刊誌のライターを務めたのは、埼玉県で生まれ育ったひとりの女性ライターでした。

彼女が福島に通い、古くからの伝統文化を掘り起こした中で見つけたこと、気づいたこととは?
そして、福島に寄り添い続ける意味とは?

震災後わずか2ヶ月。
福島の“生の声”を聞いて感じたこととは?

大学卒業後に編集プロダクション勤務を経て、フリーの編集者として充実した日々を送っていた小久保よしのさん。

第一線で活躍している人に取材をして、原稿を書き、話題のスポットや店をチェックする毎日。華やかな都会で暮らし、働くことに何の疑問も持たなかった小久保さんに、転機が訪れます。

それは、2011年3月の東日本大震災でした。

小久保
東日本大震災前から、宮城と仕事のつながりがあり、頻繁に宮城の三陸地方に行っていたんです。なじみ深かった三陸が大きな被害を受けている。いてもたってもいられず、南三陸にボランティアとして通うようになるのですが、そのたびに新幹線で福島を通過しますよね。震災直後から原発事故や福島の状況にも関心を持っていたので、毎回素通りする自分に疑問を持つようになりました。

2011年5月、神奈川県鎌倉市で福島市についてのトークイベントが開催されることを知りました。

さまざまな職業の人が福島市からやってくると聞き、話を聞くチャンスだと小久保さんは出かけます。

イベントで多くの人の話を聴くなかで気づいたのは、被災地である福島と、自分が暮らす東京では、震災後わずか2ヶ月ですでに意識のギャップがあることでした。

小久保
原発事故の全容がはっきりしなくて、このまま福島での生活を続けるべきか、移住すべきか、まだ迷っている福島市の方たちの“生の声”を聴くことができました。

これからどうなるのか、まだ先が見えない福島のことがますます気になり、何か自分にできることはないか、必要とされることをやりたい、との想いが強くなっていきました。

迎え火をキャンドルで?
伝統行事を今の暮らしに提案!

東京での仕事もあり、すぐには動けなかった小久保さんでしたが、徐々に仕事を整理。

約1年半後に「現地でウロウロしながら自分ができることを探そう」と、福島市に出かけます。そして、鎌倉のイベントで出会った福島市在住の編集者・木下真理子さんを訪ねると、思いもよらない提案を持ちかけられます。

小久保
木下は震災までの7年ほど福島市でフリーペーパー『dip』の編集長を務めていて、鎌倉のイベントでは同業ということもあって声をかけ、いろいろな話をしていました。再会したとき、『福島市役所文化課の安斎哲也さんから、福島市の人が誇りを取り戻せるような小冊子を作りたいと相談がきている』とのことで、ライターと編集補助として参加しないか?と声をかけてくれました。

もともと、福島の方が必要としていることは何か、そのお手伝いはできないかと、福島の地を訪れていたので、喜んで引き受けました。ただ、福島市の仕事ということで、制作にかかるお金は市民の税金から出ています。この仕事は覚悟を持ってやらなければならないと、気を引き締めました。

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「板木」は、福島に伝わる年中行事の伝統を紹介するとともに、現代に取り入れる提案を行う小冊子。

七夕特集の表紙は、星をこんぺいとうで表現。

七夕特集の表紙は、星をこんぺいとうで表現。

小冊子の内容は、昔から伝わる年中行事を紹介し、福島市が大切にしてきた伝統や文化を伝えていくこと。古くから伝わる福島市の伝統や文化を知ることで、現代の福島人が誇りを取り戻すことができるのではないか、との思いが込められています。

そして、小冊子のタイトルは『板木(ばんぎ)』。その昔、福島ではそれを鳴らすことで時刻や集合などを伝えていた、伝達手段の木製道具です。小久保さんは木下さんたちと残っている資料を読み、70〜80代の人に取材をし、脈々と伝わる福島市の年中行事を掘り起こしていきました。

年配の方に取材をし、年中行事のあり方を掘り起こします。写真左が木下さん、写真右が安斎さん。

年配の方に取材をし、年中行事のあり方を掘り起こします。写真左が木下さん、写真右が安斎さん。

小久保
資料を読んで、年配の方に取材をしました。私たちはその内容をただ残す記録集を作りたかったのではなく、福島市に伝わる行事を現代の暮らしに取り込んでもらう提案をしたかったんです。

取材後、編集長の木下を始めとしたスタッフと何時間も記事の編集方針について話し合いました。どこまで昔の行事を現代風にアレンジするのか、そのさじ加減は毎回本当に悩ましかったです。

また、若い人に手にとってもらえるよう、デザインにも気を配りました。

例えば、お盆では迎え火をキャンドルに置き換えて実践してみたり、節分ではコーヒーを楽しむことで思いを馳せたり、従来の方法を伝えながらも“今”の日常から無理をしないで年中行事を味わうことも提案されています。

また、表紙の色、デザイン、写真なども、民俗を扱っているとは思えないほど、洗練された雰囲気です。

色使い、モチーフ、デザインのバランスが抜群!民俗系小冊子とは思えません!

色使い、モチーフ、デザインのバランスが抜群!民俗系小冊子とは思えません!

小久保
実は、福島市の人はとてもセンスがあるんですよ。街もオシャレですし、雑貨や洋服のセレクトショップも品揃えが素晴らしいんです。福島市のセンスの良さは、この街の大きな魅力のひとつです。

デザインも撮影も!
地方の人はスキルが高い!

「まさか福島市出身ではない人が書いているとは思わなかった」と言われるほど、『板木』の仕事を通して福島の昔と今を深く知ることとなった小久保さん。出身者ではないからこそ、見えてきたことがあります。

小久保
震災後、福島市に住み続けることを選んだ方の多くは、原発や放射性物質についてとても勉強されていて、今の状況と折り合いをつけて前向きに暮らしていくスキルを身につけています。

一方で、人同士のつながりも強く、まるでひとつのゆるやかな家族のように仲が良いんですよね。だからこそ楽しくて離れられない、という人も多く、『これだけ楽しかったらそうだよなぁ』と私も実感しました。

また、仕事上で多様なスキルを身につけている人が多いんです。東京は分業が確立していて、専門スキルを向上させることで食べていくのが普通です。

例えばライターであれば、原稿を書くことしかできません。でも、東北ではデザインもできて、写真も撮れるような“複職”が当たり前。ライフスキルが高くて、尊敬しています。

「板木」は、3年がかりで、1年の年中行事を紹介。

『板木』は、3年がかりで、1年の年中行事を紹介。

季刊『板木』の制作は、3年かけて12冊つくり、すべての年中行事を紹介したことで2016年に終了しましたが、小久保さんは今後も「自分にできる形で」福島市に関わり続けることを決めています。

小久保
『板木』では、福島市の方たちが古くから伝えてきた文化を形にしました。

今度は、3年の間に感じた思いを、福島県内にいる仲間たちと新たな形にできないかと模索しています。県内に住む人と県外に住む私のような人が組むことで、よりよく福島の魅力を伝えたいと思っています。

長く暮らしていると、当たり前になって気づけない地域だからこその魅力。小久保さんがどんな形で表現し、外に発信していくのか、楽しみです!