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子供も大人も。機会的格差をなくしたい!

2017年1月の終わりころ。先輩からこんな連絡がきた。
「3月の久賀島のまち冒険行ってみない?」
まち冒険というフレーズは前々から聞いていた。

これを利用して先輩は鳥取の岩見町や茨城の潮来などのプロジェクトの際に参加していたからだ。
そう、私が所属している学生団体SUKIMACHIは自分の地元や地方をPRする組織。
地域活性など同じ志をもつ仲間たちが多い、それもあって今回もこのような話が回ってきた。

➀「いざ九州!初まち冒険へ  参加理由」

ここで私には2つの疑問があがった。
1つは「久賀島とはどこだ」ということである。
自転車やバイクなどに乗ることが趣味であり、それなりに地名は知ったつもりでいた。
だから聞きなれない、それこそ島に関する知識が浅かった。

参加するか否の前に、まず場所が分からかったということだ。

2つ目に「どのくらいの旅費がかかるか」という学生ならではの悩みだろう。
その地域の魅力を知ることが大好きではあるが、そこまでに行く交通費や滞在費。
泊まるとなると宿泊費もかかる…先のことだしなんとも言えないと私は先輩への回答をこの2つの疑問から渋っていた。

しかし、しばらくすると先輩がこの事業をしている企業の担当者とFacebook上でつないでくれた。
そこで発覚したことがこの疑問に対する答えであったのだ。
久賀島というのが、【長崎県五島市】ということであること。
そして交通費である往復分の飛行機代はボノ株式会社が援助してくれたこともあり負担が少なく行くことができた。

そして、1年生の終わりごろから所属している学生団体のこともあり、『全国の地方を知ってみたい』という気持ちが強くあったからだ。
私の出身も千葉県銚子市と関東の中でも地方にある。
漁業や観光業で賑わう町であるが、国が出した約900の消滅化可能都市(自治体)の中に入っている。
近年では我が国が抱える人口減少や少子高齢化問題なども著しく感じる町でもある。

もしかしたらこれを打破できるヒントが見つかるかも…という気持ちも少なからずあった。
だから私は今回このプロジェクトに参加することを決めた!

行きのフェリーの上から

行きのフェリーの上から

②上陸キリシタンの島『久賀島』
~43年ベテラン漁師にインタビュー!~

中山末義さん ほらっとサザエ持ってきてくれる

中山末義さん ほらっとサザエ持ってきてくれる

猛毒 “ドロオコゼ”

猛毒 “ドロオコゼ”

まず最初にインタビューをさせてもらったのがこの方、中山末義さんだ。
末義さんは久賀島でも漁師歴がトップクラス43年の大ベテラン。中学生3年(当時15歳)で海の男となる。
末義さんのお父さんの背中に憧れ、魚の獲り方・ポイントなどを修行していく。高校の1~2年は夜間の学校へと通っていたという。
漁師は網を引いたり、1本釣りをしたりと「さぞ学生の時もスポーツができてモテたんじゃないですか?(笑」と質問したところ「いや、全然それとは真逆だった」と…、なんとも失礼なことを聞いてしまった。

しかし、末義さんは漁師だけでこれまでで生きてきたわけではなかった。
若い時は真珠の養殖業や朝獲れた魚を調理して、移動スーパーを兼任していたという。
またこのインタビューの当日は実際に末義さんの漁船にも乗船させてもらった。
同じ漁師町である銚子に生まれ育った私であったが、船に乗るのは初めてだった。そこで船の生簀に入っていた魚やカニなども見せてくれ、その中には通称“ドロオコゼ”と呼ばれる背びれに猛毒をもつ魚もいた。

末義さんは「若い時に網を引いてるときにコイツを掴んで、片腕まるまる腫上がった」と怖い経験も語ってくれた。
海には危険もつきものだ。しかし誰よりも新鮮な状態で海の幸を堪能できる漁師。
とれた魚の船の上でさばいたり、末義さんも今朝はカニの味噌汁だったようだ…健康の秘訣は「3食必ず食べること」だとも教えてくれた。
上記の写真から肌がツルツルなのもうかがえる。

感じたこと

ここで私が末義さんにインタビューをして感じたこと、一言で言うなら「おもてなしのあたたかさ」であった。
東京から自分よりも20も30も離れる若造にも物腰柔らかく話してくださり、インタビューにも快く応じてくださった。
これはメンバーが言っていたことであるが「漁師ってもっと怖くてイカツイ」というイメージであったという。
それは私も同感でコトバ荒く何を言っているかすら分からないイメージであった。

しかし、末義さんからそんなものを感じられず、むしろとても柔らかい表情であった。
それはクリスチャンいうことも関係するのだろうか。30歳の時に大阪の女性と結婚して今ではお子さんが2人いるという。
優しく時に厳しくもある父だろう、帰り際には船から朝獲れたサザエを切って持ってきてくれた。

そのうまさは格別…!!まさに海の幸であり、このように島外から来た人間をもてなしてくれる心の温かさを心から私は感じた。

③「南さんお宅にて ~自然感じる農業体験~」

1日目が終わり、私たちAチームがお世話になったのは南さんご夫妻のお家であった。
末義さん同様私たちを心から温かく受け入れてくださり、その表情は終始笑顔が絶えなかった。
南さんご夫妻のお宅は島の中でも平野の内陸部にあり、なんとそれも立派なお家で普段東京で学生生活を送るメンバーも驚いた…!

南さん宅 島の幸夕飯

南さん宅 島の幸夕飯

この日の夕飯は島の野菜をふんだんに使ったお母さんのお手製料理であった。
島で獲れた海藻が入ったぽかぽかお味噌汁。南さんご夫妻で栽培しているアスパラやお米。またお昼に漁師の濱村さんからいただいたタコなど、なんとも豪勢な夕飯で疲れた身体全身に力がみなぎった。

2日目は2つの農業体験をさせてもらった。
1つは昨晩でも食べたアスパラの収穫である。南さんはいくつかの土地や作物を所有し栽培している中で4つのビニールハウスに案内してくれた。
それがアスパラである。アスパラは成長が早いため「朝獲ってまた夕方に来ると2cmぐらい背が伸びているよ!」とお母さんは言っていた。

そんなことを初めてしる私にとっては、驚きの事態であった(笑

少しずつ慣れてくる 農業体験

少しずつ慣れてくる 農業体験

まさかそんなにも成長が早いものだとはおもっていなかったからである。
しかし、この栽培の大変さもお母さんは教えてくれ、何年か前に台風が来たときにはビニールハウスが壊れて収穫が困難だったという。
天候に左右されるのが農業…その実態や生産者の生の声を聞くのも初めてだった。

次に、畑を耕し牛糞や肥料を敷いて芋を埋める体験だ。
これもまた簡単そうに土を掘ることや芋を埋めること。一見お父さんの手本を見る上ではなんだ簡単そうだ、と思えても実際にやるとおぼつかない。腰が引けてまっすぐ掘っているつもりなのにそのラインはグネグネだ。

お父さんからは「これは後継ぎにはできんなー」と言われる始末である(笑

南さんのアスパラビニールハウスにて

南さんのアスパラビニールハウスにて

感じたこと

南さんが育て料理してくれた野菜はどれもとんでもなく美味しいものばかりであった。
しかし、その背景には農業における後継者問題、販売価格、近年話題となっているTPPの問題しかり。
農業を営む農家さんには多くの課題が混在すると私は思う。

特に人口300人、平均年齢が高いここ久賀島では深刻化していることもうかがえる。
南さんからポロッと出た「こりゃあ後継者にはできんな(笑」という言葉が意図するものもそれらのことを考えてのことと感じてしまった。
 
私の知人でインタビューとしてお仕事をされている社会人の方がいる。
その方と一緒に先日(久賀島から帰ってきた後)取材に同行させてもらった。
それが学生団体FaVo(https://favocult.jimdo.com/)農業に関心がある学生が集まり、農家さんとの繋がりも強い組織である。
この時のインタビューの主旨は「農業の後継者問題にどのように関心をもっているか」というテーマであった。

そこで学生の一人が
「自分がお世話になっている農家の地域も20代、30代の若手農家が少なく、この先30年後はどうなっているか分からない」と話してくれた。

私は彼らがこのように話していたことを聞いて、まさに久賀島での実態と同じだということを実感した。
南さんのように60代で現役バリバリで農業をやっている人はいるが、20.30代の若手農家の話は聞かなかった。

私はこれまでほとんど農業に関心など持つことはなく、親戚に農家もいるわけではないので身近に感じることもなかった。
しかし、今回久賀島で南さんのもとで農業体験をさせてもらったからこそ、農業の大変さを知ることができた。
種を植えること、肥料をまくこと、ビニールハウスを建てること。

少しずつ野菜が成長していく楽しさもある一方で、やはりその苦労は並大抵の覚悟では続けることができないだろう。

ただ、その苦労を越え自分たちで育てた野菜を食べることは何よりも幸福だ!ということも知ることができた。
1日目、2日目と南さんが作ってくれた料理は自分のビニールハウスで育てたアスパラ料理であった。
これらのことを知ることがでたのも南さんにお会いしてから初めて感じることができたものである。
 

④「久賀タクシーから牛飼いへ ~牛と人の『教育』~」

2日目の最終インタビュー、キーマンはこの方!牛飼いやPTA会長も兼任する松本芳一さん。
元々は民泊先でもある宮本さんと同じく久賀タクシーに勤めていた。
しかし、10年前に転職。牛の繁殖業の仕事に就いた。
その理由の大きな要因は家族だったという。

子どもの成長や収入のこと、すべては家族を支えるためと0(ゼロ)からこの仕事を始めたという!

今では子牛などを合わせれば約50頭、それを「1人で育てている」と言うから驚きを隠せない。  

笑顔が印象的な松本さん

笑顔が印象的な松本さん

また、松本さんにはもう一つの顔があった。それがPTAの会長だ。
島には11人の小中学生がいるがその保護者を代表するPTA会長として、定例会や隣の福江島での総会にも顔を出している。

松本さんも家では、中学1年生のカズキくんと生活している。そのカズキくんは去年の夏休みに五島市の教育委員会のプロジェクトで東大生との交流をしたという。
これは計20人の生徒で自己負担2万円ほどで東京に行く機会を得られ、大学生(それも東大生)との交流ができるプロジェクトである。

この時のカズキくんのことを松本さんは「本当にワクワクしながら帰ってきた!」と話してくれ、松本さんご自身もこの時微笑ましい表情で当時のことを語ってくださった。

そして、
今後もこのプロジェクトの継続と拡大に励んでいきたい!という父でありPTA会長でもある熱き思いが伝わってきた。

感じたこと

久賀島に来る前から私はこのような地方に機会的格差があることを感じていた。

特に子どもたちの成長や教育などの観点から見ると、例えば今後2020年までに小学校の授業でプログラミングが必修化される点について。
東京23区の小学生はすでに塾やサイバーエージェントの事業であるTech kids camp(http://techkidscamp.jp/)にてこれに触れられることができる。

私自身ここでアルバイトをしていたことから、彼らの感受性やすぐに何でも作ってしまう姿に驚いた。
ここではサポートはあるものの、小学校1~3年生でも一人でアプリを作り自分がつくった作品を3分間のプレゼンにまでまとめる。
その姿は本当に大人顔負けである。

しかし、これを受けられるのはまだまだ東京(18教室)や大阪などの都市圏がほとんど。
それも受講料も26,000円~42,000円と決して安くはない。
それでもこのような新しい学びを知ること自体に価値があり、仮にも触れられる機会があるとすれば子どもにとっては刺激となる。

私は松本さんのお話から、このような機会的格差を感じた。

⑤「最後に 今回のまち冒険を通して」

まず最初に、今回もこのまち冒険を開催してくださったボノ株式会社さんに心から感謝したい。
学生にこのような機会を提供してくださること。
多額の金銭的支援と事前のワークショップがあったからこそ安心して臨めることだできた。
こんなにも学生のことを考え、特に「地方に関心を持つ」学生にとってはこれ以上ないチャンス。本当に本当にありがとうございました!

そして町おこし協力隊である江原さん、島のキーマンの方々を繋いでくてからこそ今回これが実施できたと思う。
久賀島のあたたかさに触れられたのも江原さんの仲介があったからこそ。
久賀島の皆さんすべてに感謝したい。今回のこの久賀島ではとにかく島の一人ひとりの「来てくれた人」をもてなすというあたたかさを感じた。

最後に私がもし久賀島を通してやりたいことをあげるとすると、久賀と東京を繋ぐ「子どもも大人も東京留学」を開催したい。
松本さんは一度も東京に行ったことがないと言っていた。
それなら松本さんにとっても何か得られるもの(牛の牧場、教育者やPTA会などの交流、大学や中学を見学すること)など。
中学生であっても高校や大学の見学、大学の案内や交流に関しては学生団体などの繋がりを活用して臨んでみたいと思う。

一番は学生や仲間を連れて夏にあの海に飛び込みに行こうと考える!

和泉 大介

和泉 大介

獨協大学法学部法律学科2年

全国に地元(すきなまち)をPRする学生団体SUKIMACHIで活動中です!