久賀島で過ごして気づく、「当たり前」は当たり前じゃないということ。

私は、千葉県のごく普通な住宅地に生まれました。
小さいころからテレビっ子だった私は、サバイバルや漁師のドキュメンタリーが大好きでした。

そんな番組で共通なのは、「自然の中で食材を獲得することや、真心込めて育て収穫した食材を、自分で調理して食すこと」。

スーパーで食材を買うことが当たり前で、作り手の事をほとんど知る機会がなかったからなのかもしれません。
そんな食の始まりから終わりまでを体験すること、に漠然とした興味がありました。

それは、大学生になっても頭の片隅から消えることはなく、料理をすることと、食材の中でも魚が大好物だった私は「漁をして、魚を取って、自分でさばいて食べたい!」という気持ちが芽生えていました。
漁業だけでなく、第一次産業という関わりのなかった分野、そして自然の中で暮らす人々の生活を知りたい。
そんな好奇心が、久賀島と私を引き合わせてくれました。

久賀島で出会った三人の漁師さん。


 
漁師さんと言われて思いつくイメージ。
私は「厳格で、無口な、男の中の男」でした。(先行しすぎてごめんなさい。笑)

しかし、久賀島の漁師さんはというと、全く逆でした。
明るくて、優しくて、笑顔の溢れる人たちばかり。
島全体の自然豊かな風土と、信仰を守る漁師さんが多い故なのでしょうか。

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私たちが出会ったのは三人の漁師さん。
皆さんそれぞれ島に対する信念を持っていました。
野園地区で出会った中山さんは、同じ野園地区の漁師仲間と地域の方と共に、イカ祭りの企画・実施をされていました。
イカ祭りでは、島で獲れたアオリイカのいかだ釣り体験や、魚のつかみ取り体験などがあり、島の外から訪れた、小学生の子供がいる家族連れの方などを招待していたそうです。

漁師さんの部屋には、今まで行われてきたイカ祭りの写真がたくさん貼られていて、イカ祭りに対する思いの強さを感じました。
今年はアオリイカの不漁でイカ祭りは中止になってしまいましたが、島を知ってもらえる機会として大切にし、尽力するエネルギーに溢れた方でした。

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一方小島さんは、小さいころから遊びが大好きな漁師さん。
子供が自立するまでは毎日漁に出ていましたが、今では自分の時間を大切になさっています。
久賀島ファームや民泊に協力したり、島の看板を立てたり、オリジナルのサーフボードを作ったり、島の資源を使って何か作れないかということを、「仕事」ではなく「遊び」という枠組みで昇華している方だと感じました。

私たちは小島さんの家で民泊をさせていただいたのですが、そのなかで

「この高齢化の中でこの島はいずれ廃れゆく。
でも、久賀島が好きだから、少しでもその期間を伸ばしたい。
何もしないで終わるのではなく、何かをして少しでも久賀島を長く繁栄させたい」

とおっしゃっていました。その時に、いつも明るく面白い小島さんとは違った、強い意志と同時に、内に秘めていた「島がさびれてしまう」という寂しさも感じました。
それは久賀島の現実が垣間見えた瞬間にも感じました。

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島内では珍しい定置網漁をする坂谷さん。
出会ったと同時に優しい笑顔で迎えてくれ、「部屋で話すのも何だから、海の真ん中のいかだで話そう。」と網の修繕作業がまで案内していただきました。

飲み物や、おいしいアオリイカの焼き物までいただいて、おもてなしや人々の繋がりを重んじる、素敵な方でした。その背景には、「外からきてくれた方々に、またこの村に来てほしい、より深く知ってほしい」そんな思いがあるからだと坂谷さんは話していました。

漁師という仕事に対して、強い責任感を持っていて、何よりも定置網漁の仕事を第一に考えていました。
その為、「漁が忙しくて、島の活性化事業を手伝うことはできない。」と自身の現状を話していましたが、忙しい合間をぬってつばき祭りに干物を手づくりして出品するなど、久賀島を思い陰で支える姿に大変感動しました。

漁業の視点から見えてきた久賀島の真実

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三名の漁師さんの話をお伺いして感じたことは、一人一人が久賀島を思い、それぞれ違った立場からできることを、信念をもって行動していました。

しかし、想いは強く持っていても何よりも人手や時間が足りないというのが島の現状だったのです。
何か新しいことをすれば今の漁がおろそかになってしまう。
網の整備が大変時間がかかるために、直接都内の業者に卸すことは体力的、時間的にきつい。
そういう言葉が、どの漁師さんの口からも漏れた言葉でした。

そしてもうひとつ感じたことは島の生態系の変化についてです。
アオリイカが不漁になったと先ほどお話しましたが、どの漁師さんも魚の不漁と生態系の変化を実感していました。
島に来た時に、私は「海が川のように透き通っていて美しい」と話していました。

しかしそれを聞いた漁師さんに、「透き通った海はいい海ではない、海藻であふれた太陽の光の通らない暗い海が、豊かな海なのだ。」と話していただいたとき、東京という全てがそろうことが当たり前の土地に甘え、自然を何も知らなかった自分に強い罪悪感を覚えました。

海の本当の美しさと魅力に私は気づかされました。
私にとって島の生活は、自分の当たり前が当たり前ではないと気づかされる経験であふれていました。

それは、環境だけでなく、人々の暖かさという面でも同じです。久賀島の素晴らしさを知り、人々の暖かさを感じた今、小島さんのおっしゃっていたことである「一秒でも多く島の歴史を残していきたい」と、強く思うようになりました。

島から沢山の想いをもらい少しでも恩返しがしたい、そういう気持ちから島への再訪を考えています。
ただ再訪するだけではなく、久賀島で出来ることを手伝うこと。
そこから始めていくべきだと感じました。
そして、ある漁師さんにいただいた言葉があります。

「こうやって沢山お話をして、情報を交換することがありがたいし、漁師という孤立した職業だからこそ、人と話すことでリフレッシュになって漁を頑張れる。また来てほしい」

テレビのニュースではなく、そういった若者の話は聞くことができないから、話せることがとてもうれしいのだそう。

一度結ばれた繋がりを持ち続けること。
結ばれた繋がりを他にもつなげること。
できることはたくさんあると思います。

島のみなさま、本当にありがとうございました。

沓掛 有華

沓掛 有華

東京経済大学現代法学部2年

ハングリー精神が取り柄です。
沓掛 有華

沓掛 有華

東京経済大学現代法学部2年

ハングリー精神が取り柄です。