五島列島 久賀島、海の男たちに日本の未来を学ぶ。

春は初ガツオ、夏はアオリイカ、秋になればサンマが食べたい。
冬の寒い夜に食べるアツアツの牡蠣鍋は、もう最高!

四方をぐるりと海に囲まれた島国日本に生まれ育った私にとって、海の恵みは食文化の土台である。
季節が移ろえばこんな風に、そろそろあの魚が食べたいな、とスーパーの魚売り場に思わず足が伸びる。
そこには各地から運ばれてきた魚介類が、トレーの上でいつでも行儀よく並んでいる。

こうした光景が当たり前に育った私には、例えば晩御飯のホッケが一体どのように、誰によって水揚げされたのか知る由もない。
“余計”なことを想像しないで済むとても“便利”なシステムである。
しかし私はいつからか、この断絶された食の在り方に大きな不安を抱くようになっていた。

社会人デビューを目前に控え、いよいよこの胸騒ぎが無視できなくなった私にとって、いわゆる卒業旅行はどうでもよかった。
「漁師に会って、会って、会いまくる旅がしたい」
そんな思いで、久賀島のまち冒険に参加を決めた。
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久賀島の漁師の言葉が示す、日本の漁業の未来とは

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結果、2泊3日の行程で、合計5名の久賀島の漁師さんにインタビューをすることができた。

「どんな漁をしているんですか」
「この網はどんな風に使うんですか」
「なぜ漁師になったんですか」

漁師という仕事や生き方について全く無知な私たちの質問に、ひとつひとつ真摯に答えてくださるその優しさに、胸を打たれた。

またどの方も、ただインタビューに受け答えするだけではなく、様々な形でおもてなしをしてくださった。
せっかくかかったタコを船の上で締めて刺身をふるまってくださったり、体験用に網を仕掛け漁に連れて行ってくださったり、海に浮かぶイカダの上でインタビューに応じてくださったり……
漁師さんといえば、真っ黒に日焼けしたしかめ面で、無口で不愛想。

そんな失礼な私の中のステレオタイプが一瞬で覆されるほど、明るく朗らかで懐の深い方々ばかりであった。

今回インタビューさせていただいた漁師の皆さんには、溢れるサービス精神の他に、共通することがひとつあった。

それは、「漁師の仕事は自分の代で最後」という決意である。

ホームステイ(民泊)をさせていただいた小島満さんはこのように話してくださった。

小島さん
昔、久賀島の漁師は農家より儲かっていた。それが今では、高級魚も値がつかない。
魚の消費量がめっきり減ってしまったからね。
燃料代もどんどん上がるし、何より海の中の環境が大きく変わってしまった。
海温上昇でホンダワラという海藻が枯れてしまい、食物連鎖が崩れているんだよ。
今では漁業だけで生活するのは大変なことだ。

子供を育てるために、雨でも雪でも漁に出たもんだよ。
そりゃ都会の仕事も別の苦労があると思うけど、漁師の苦労よりはましだと思うから、
息子たちには漁業を継いでほしいとは思わない。

子どもの幸せを願う親心以外の何物でもない。
それなのに、私は胸騒ぎが止まらなかった。

現代人の魚離れ、そして温暖化による環境の変化は、久賀島の、ひいては日本全体の漁業の未来に確実に影を落としている。
今回実際に漁業の現場に足を運び、漁師さんの生の声を伺うことで、私はその認識を新たにした。

わたしと久賀島のこれから

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たった3日間の滞在だったにもかかわらず、お世話になった皆さんに見送られながら島を後にするときは身を切られるような寂しさであった。
本当の娘のように接してくださった小島さんご夫妻をはじめ、久賀島の皆さんが心から「また来いよ」と思ってくださっていることが伝わった。
すでに日本全国で過疎や高齢化の問題はあるが、久賀島の未来はとても他人事と思えない。
どんどん小さくなっていく久賀島を見つめながら、そんな風に思う自分がいた。

まち冒険の本番は、いよいよここからである。
このフィールドワークをはじめの一歩として、わたしがこれから起こしていきたいアクションは2つある。

1つは、海産物の消費量を少しでも増やせるよう、春から働く食品小売りの会社で全力で仕事に取り組むことである。
魚離れに歯止めをかける一策は、缶詰などの手ごろな加工品ではないかと考えている。

久賀島でも現在、久賀島ファームという6次化の団体が立ち上がり、商品開発に取り組まれている。
いざ久賀島ファームの商品を大消費地東京で売りたいという段階になったときその挑戦を応援できるよう、私は私の現場で誠意努めたい。

2つめのアクションは、会社の同僚や友人を連れて久賀島にまた遊びに行くことである。
久賀島の海産物を東京で売りたいと前述したものの、久賀島が二次離島であるということから、かなりの運送費用がかかりなかなか難しいのが現実である。

しかし逆に言えば、久賀島にとって一番よいのは、外から人が訪れ、久賀島の海産物を島で楽しんでもらうことなのである。
今回私が大変お世話になった小島さんをはじめ、久賀島では現在11世帯が民泊の受け入れをされているという。
島の漁師さんと一緒に漁に出て、とれたての魚をさばき、一緒に食卓を囲む。

その経験に喜んでお金を払う人は、私の身の回りにこそ大勢いると思う。
今回与えていただいた久賀島での体験を伝え、ぜひ一緒に行こうよと、彼らをどんどん巻き込んでいきたい。

最後に、久賀島地域おこし協力隊の江原さんをはじめ、インタビューをさせていただいた中山さん、永田さん、坂谷さん、そして小島さんご夫妻、今回お世話になった久賀島の皆さまに、心より感謝申し上げます。

稲辺 美咲

稲辺 美咲

国際基督教大学 教養学部 4年

食べることは、生きること。そんな風に考えています。
稲辺 美咲

稲辺 美咲

国際基督教大学 教養学部 4年

食べることは、生きること。そんな風に考えています。