500人が暮らす海辺の町で唯一の食堂を開業! 人と人をつなぐ場をつくるという挑戦。

三重県尾鷲市九鬼町はリアス式海岸の小さな入江の町。地域おこし協力隊の豊田宙也さんは、九鬼町の人と協力して、町で唯一の食堂「網干場」を立ち上げます。
「網干場」は人気の食堂となり、経営も軌道にのったことで、移住者の働く場を生むことができました。

また、豊田さんは「網干場」という場を使って、外から来る人と町で暮らす人たちをつないできました。
地域おこし協力隊の任期終了を目の前にして、さらに活動の幅を広げようとしている豊田さんにお話を伺いました。

「人が集まる場所」をつくる仕事

三重県尾鷲市九鬼町は、500人に満たない人が暮らす静かな漁村集落。
この町には、週末のお昼だけ営業している「網干場(あばば)」という食堂があります。
この食堂を立ち上げ、町の人たちとともに運営しているのは、地域おこし協力隊として赴任した豊田宙也さんです。

 
東京で生まれ育った豊田さん。どうして九鬼町に来ることに決めたのでしょうか。

豊田
大学院で哲学を勉強していたけれど、半ば挫折して中退したんです。
これからどうしようかなと思っていたときに、友達がGive me little moreという長野県松本市にある古いスナックを改修したバーに連れて行ってくれました。
そこには、学生も来ているし、地元の年輩の人も来ているし、いい場所だなと思ったんです。

豊田さんは、そこでの出会いから「人が集まる場所をつくる」仕事に興味をもったといいます。

豊田
そのとき哲学で扱っていたテーマが「許し」で、許容範囲とは何かを考えていたんです。
人が集まる場所では、どこまで出会った人を受け入れるとか、それが如実に現れるはずだなと思ったんです。
人が集まる場所にはどういう場所がいいか、集まったことによって何が起きるか、知りたいという気持ちがありました。

もう一つの理由は、三重で、一人で暮らしているおじいさんの存在。

豊田
おばあさんが亡くなって、三重のおじいさんが一人で暮らすようになったので、三重で仕事をしようかなと思い、あらためて求人サイトを見ていました。

縁あって暮らすことになった九鬼の町

九鬼町

そこで目に止まったのが、尾鷲市九鬼町の地域おこし協力隊の仕事。
10年以上飲食店が一軒もない状態になっていた九鬼町に「人が集まる場所をつくる」というのがその仕事のミッションでした。

いろいろな縁を感じて、応募した協力隊の仕事。
おじいさんを訪ねて三重に来たことがあったものの、尾鷲市には行ったことがなく、九鬼町のイメージもわかなかったといいます。
そんな豊田さんの目に九鬼町はどう映ったのでしょうか。

豊田
初めて車で来たとき、山道を抜けたとたん、九鬼の町がひらけて、気持ちがよかった。
小さい漁村だとは思わなくて、すごく開放感のある場所だなと思いました。

町で唯一の食堂を復活させる

九鬼町に地域おこし協力隊に採用された豊田さんは、かつて喫茶店だった空き店舗を活用して、食堂を復活させるという仕事に取り組みます。

豊田さんの呼びかけに応えて、地元の方たちがたくさん集まってくれたといいます。
でも豊田さんも含めて、飲食店経営のプロがいない状態からのスタート。
店内の内装をどうするか、どんなメニューを提供するのか…豊田さんは、その一つ一つを町の人と話し合いながら、食堂を作っていきました。

地元の人が改装工事

2015年5月から食堂「網干場」が営業をスタート。
地元の人たちが中心となって、ホールスタッフ、レジ、調理、皿洗いまでをこなします。
営業が始まってからも、試行錯誤の連続。たくさんの壁にぶつかりながらも、話し合いの時間をとりながら、解決策を見つけてきました。

人気の食堂となった「網干場」

網干場外観
網干場店内

「網干場」の営業時間は、週末の11〜14時。
主なメニューは、刺身定食とフライ定食。九鬼漁港や尾鷲漁港でとれた新鮮な魚を使っています。

サイドメニューとして、旬の食材を使った一品料理が登場することもあります。
ふだんから新鮮でおいしい魚を口にしている地元の人にも満足してもらえるよう、食材選びや味へのこだわりには余念がありません。

ブリしゃぶ

食堂が開店する時間になると、お客さんが次々とやってきます。
「網干場」は食堂として人気をよび、その評判をききつけたお客さんが、尾鷲市内だけでなく、県外からもやって来るようになりました。

新しく移住してきた人も参加できる場として

食堂として、経営の面でも、ある程度黒字を出せるようになりました。
すでに仕事を引退した世代の地元の人たちが中心になって、全員がほぼボランティアでスタートした食堂の運営。
2年目に入ったとき、九鬼町に家族とともに移住してきた元魚屋さんに、ボランティアではなく専属スタッフとして、魚の仕入れを担ってもらうことになりました。

豊田
今後も網干場を続けていきたいと思っていたけれど、年齢も考えると、今の自分たちで続けることはできないと、スタッフの方たちも思っていました。
そこで、みんなで話し合い、続けていくためにお金も払って、若い方に入ってもらうことにしました。
そのためには、経営にしろ、今までとは違う考え方をしなくてはならず、ステージが変わる感じはありましたね。

外から来た人と、町の人が交わる場所

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食堂として、移住してきた人の働く場を生むまでになった網干場。
豊田さんは、網干場には、食事をするために人が集まる場所以上の意味があると考えているそうです。

豊田
「網干場」は、九鬼町の名前を広める発信基地の役割も果たしています。
それだけでなく、外から来る人と町の人が出会う場所になっていると思います。
たとえば、移住したいとやってきた人がここに来てくれたら、町の人につなぐことができます。

これからを見つめて

地域おこし協力隊の任期は3年。豊田さんは、この秋に任期終了を迎えます。
任期が終わったあとも、九鬼町に残ることを決めた豊田さん。

豊田
これから先も九鬼町にいようと思います。でも、食堂の仕事は離れようと思っていて。

立ち上げから携わり、軌道にのせた食堂の仕事を手放すことを決めたのは、どうしてなのでしょうか。

豊田
僕は料理人ではないので、ビジネスとして先を見据えたときに、食堂への生産性がないなと思ったんです。
新しいつながりもつくっていかないといけないと思います。
だから、これからは、外から町に人を呼びこむことをしたいと思っています。

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これまでも「網干場」という場所を基点に、外から来る人と町に暮らす人をつなぐ役割を果たしてきた豊田さん。

さらに人と人をつなぐためのネットワークの網を広げていく豊田さんのこれからの活動に注目です!

鈴木まり子

鈴木まり子

出版社勤務を経て、2016年春よるフリーランスとして編集・ライティングの仕事に携わる。