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まずは行ってみて考えるべき。限界集落を存続させようとする綾部の底力を感じる。

限界集落に住む人はどんなひとなんだろう。

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私は生まれも育ちも京都ですが、そのほとんどを京都市で過ごして生きてきました。

京都市の中は限界集落とは程遠く、人がたくさんいて活気もあふれていました。
そんな中で過ごしていたので、私は限界集落という集落の存続すら危うい場所に住む方の生活は全く想像できませんでした。

しかし、なんとなく教科書や参考書に書いてある限界集落という言葉の意味を考えるとそこは暗く悲しい集落なのではないかと勝手に思っていました。

だから私は実際に綾部に行くまでは、言い方は悪いですが、限界集落に住む人たちの生活は不便で日々に活気はなくかわいそうとか気の毒な人たちだなぁと半ば本気で思っていました。

人も活気もない明るい村

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前述した通り、私は限界集落に住む人は言ってしまえば、かわいそうな人たちだと決めつけていました。

実際に綾部に行ってみると確かに人影はなく活気もなく、電波すらないという土地でした。

しかし、そこに住む人たちに会ってお話を聞くと、私は綾部の限界集落にすむ方が、かわいそうな人だとは思わなくなりました。
皆さん生き生きとしていて、これからどうするかを真剣に考えていて、下手をすると綾部と比べると都会に住む私より生き生きと過ごしていることが分かったからです。

そのうえでお話を聞いていくと、昔はそこにすむ方もある種のあきらめ、廃村も仕方ないといったような、感覚を覚えて毎日を過ごしていたそうです。
しかし、それではいけないと綾部市の前市長が発起し水源の里とし、限界集落を存続させようとしたそうです。

もちろん、前市長が言ったからといって、簡単にあきらめの雰囲気がすぐには変わることはありませんでしたが、一年、二年と時がたつにつれて、現在のようにこれからをどうするかを考えるようになったそうです。

この話を聞いて、私は、本当にここに住む人たちはすごい人たちなんだと思いました。
もちろん、最初に行動をおこした前市長もすごい方ですが、一度廃村も仕方ないとあきらめていた村の方々が、もう一度村の未来を考え、何とか存続させようと、毎日を真剣にいきるようになったことが本当にすごいと思いました。

私は、一度あきらめてしまったことをもう一度、もう一回という風にすることが苦手で、あきらめたらあきらめっぱなしなので、綾部の人を見習わないといけないと、深く思いました。

まずは行ってみよう。

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わたしは、今回の研修を通して、実際に行ってみないと、どんなに正確なデータを見てもわからないものが現地にはある、ということを知りました。

それは、人の温かさであったり、長く集落に暮らしていたからこそ知り得た知識や技能であったり様々です。
しかし、そのどれをとっても私は驚き、感動しました。

そして、それらの知識や技能は、これからの世の中を生きていくうえで、何かしらのかたちになって為になるのではないかと深く思いました。
こう思ったからこそ、私は強く現地に行ってみようと思うようになったのです。

難しいことを考えるのは後にして、一回現地に行ってしまえば、勝手に様々なことを頭が考えてくれます。

体が感じてくれます。

そうなってから考えても遅くはありません。

それよりもいろいろ考えて結果現地に赴くのが遅くなるほうが問題なのではないかと思うようになりました。
だから私は、この研修を通してまずは行ってみよう、と思うようになりました。

成瀬 太賀

成瀬 太賀

京都府立大学 生命環境学部 1回生

人と人の交流が一番大事な気がします。