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田舎暮らしの難しさの中で暖かな灯火を絶やさないために。

こんにちは。松本敦貴です。
京都府綾部市に行ってきました。

今回は、古屋という集落の話を中心に書いていきたいと思います。

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実際の田舎暮らしとは

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京都といえば都会なイメージがするけれど、それは京都市だけの話。
今回の研修先の京都府綾部市は、事前に調べた情報によるとまさに田舎。

市内の森林面積は70%以上。

僕には綾部出身の友人がいるけれど、彼ですら綾部は何もないところだという。
加えて、僕は都会育ちなので、田舎の風景を実際に見たことがなかった。

出発前はどんな場所なんだろうと考えをめぐらした。
個人的には、田舎は都会の喧騒から離れてゆっくり暮らせる、のどかでよいところ、という印象があるが果たしてどうだろうか。

今回僕は、都会育ちの若者の視点から見る、田舎の現状と田舎の生活について、そして、田舎の将来を学び、考えるために向かった。

限界集落の人々の前向きな姿勢

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古屋では、大人になってそれでも社会との関わりがある、と感じることが嬉しいという話を聞いた。

都会では、確かに人と人との関わりが希薄になっていきつつある。
また、ないもの探しではなく、あるもの探しという姿勢にも心が動かされた。

限界集落は、終わりがもうすぐそこまで迫っており、普通の人なら諦めに至るその状況で、なおも前向きに努力できる人々の力強さは都会にはないものかもしれない。

古屋は、ほかの集落からも離れており、これも若者が住みたがらない要因の一つであろう。
昔は、小学校に行くにも2時間程度かかったという。
水も電気も家もあって、確かに若者が住むことはできる。

しかし、暮らすとなると別問題になるのだ。
昔は、田畑もあってそれなりに生活できたらしいが、今はそれも杉林に変わっている。

この地で何か職をもって生活するには、かなりの苦労が必要だろう。

無論、一人の力でどうこうできる問題ではない。
都会育ちの若者が限界集落を救うのは、なかなか簡単にできることではないだろう。

暖かさと優しさを広げる

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今回、訪問して思ったことは田舎は優しさでできているということ。
古屋のおばあちゃんたちは、なんとか自分の村にあるもので村おこしをしよう、と頑張っていた。
その方法が、栃の実でおかきを作るというもの。

しかし、その価格は決してそれを作るために必要な労力に見合うものではない。

もし、僕たちがおばあちゃんたちの頑張りに感動して、栃の実を使った食品の製法や技術を受け継ぎ、後世に残そうと思っても、そううまくはいかないだろう。

なぜなら、当然のように、それだけでは生きていくことができないから。

おばあちゃんたちが、なんとかして村を活性化させようとするその姿は、たくましさと力強さにあふれ、だからこそ、多くの人々がその手助けをしようと集まるようになった。

おばあちゃんたちの活力は連鎖し、村は確実に良い方向に向かっていると思う。
けれど、ここでまた冷たい現実が立ちふさがる。

おそらく、十数年後にはこの取組みも終わりを迎えてしまうのではと思う。どんなものにもお金という名の壁があって、それを生み出せない限りは今の社会では必ず終わりを迎える。
悲しいことに、この状態、方法のまま村おこしを続けても、問題に対する根本的な解決とはならないのだ。

田舎というコミュニティには、都会にはない独特の温かさがあって、そこに住む人々、それにかかわる人々には格別の優しさがあると思う。

しかし、現実はそれらよりももっと冷たくて厳しい。

暖かさ、優しさだけでは生きていくことができないし、綺麗事と言われて終わってしまうだろう。
今の僕らにできるのは延命処置だけなのか。

そうならないためにも、この微かな灯火を、もっと大きなものにしていかなければならないと思う。

僕も、これをきっかけにしてより多くの事を学び、この火をより大きな炎に変えるために考え行動していきたい。

松本 敦貴

松本 敦貴

京都府立大学 生命環境学部 森林科学科 1回生

田舎の風景が好きです。