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南丹市・八木町の商店街の歩みを知りたい!

生まれも育ちも東京の私。私が生まれ育った場所の近くには商店街があります。そこから都会にある商店街に興味を持ちました。ただ、今まで地方に行く機会がなかった私にとっては、地方の商店主の方から直接お話しを伺う機会がありませんでした。
そこで、今回の「まち冒険」では、実際にまち歩きをしつつ京都府南丹市・八木町の商店街の歩みを調査します!
今回ご協力いただいたのは、スポーツショップを営んでおり、八木町本町商店会会長を務めていらっしゃる廣瀨久士さんです。長年八木に住んでいらっしゃる廣瀨さんの今までとともに、商店街の歩みとこれからを紹介していきます。

南丹市八木町に到着!

京都駅から電車に揺られること約40分。
南丹市は京都市のすぐ北に位置していると聞いていたものの遠い街のイメージがありましたが、思ったよりもあっという間についてしまいました。
写真にある駅舎はかなり古く、昭和9年に建築されたものです。こぢんまりとしていますが、柱にはレールが使われているなど趣がある駅舎が迎え入れてくれました。

トモエヤスポーツ・廣瀨さんにお話しを伺う

さて、そんな八木駅から歩いて5分ぐらいのところに八木町本町商店街が広がっています。今回はスポーツ用品展「トモエヤスポーツ」を営み、商店会長を務めていらっしゃる廣瀨久士さんにお話しを伺いました。
廣瀨さんとともに商店街を歩きつつお話しを伺ったり、店内でインタビューを行ったりしました。

大堰川と商店街

商店街の近くを流れる大堰川。春には桜並木、夏には花火大会が楽しめる憩いの場所です。特に花火大会には人口六千人ほどの八木地区に、7万人ほどの人が訪れるという盛況ぶりだそうです。私も夏に訪れて迫力満点の花火打ち上げを見てみたいです。
廣瀨さんも子どもの頃は川で遊んだり、魚を捕まえていたりしたそうです。その頃の商店街には駄菓子屋さんやおもちゃ屋さんなど様々な職種のお店が立ち並んでいたそうです。

昭和期の商店街

廣瀨さんが大学を出た頃の昭和50年代の商店街では、夜市というイベントが行われていたそうです。お店の前に屋台が出店してたくさんのお客さんが集まったそうです。廣瀨さんが働き盛りの頃・昭和60年代頃の商店街には人が途切れないほど訪れ、一番忙しい時期だったそうです。この写真には廣瀨さんのスポーツ用品店「トモエヤスポーツ」もきちんと写っています。

現在の商店街の様子を探る

廣瀨さんから現在の商店街の様子を伺いました。現在八木南地区には3つの商店街が存在します。過去には1つになろうという動きがあったそうですが、実現しなかったそうです。昔は商店街同士で切磋琢磨することで互いに売り上げを上げていったそうですが、今はそうも言っていられない状態。
外から来た人にとっては、規模の小さい商店街が一つになることで効率的に運営ができると考えてしまいがちですが、内部から見ると簡単にはいかない状況がありました。

商店街のこれからを探る

最後に、廣瀨さんに商店街の今後の展望を伺いました。
廣瀨さんがおっしゃっていたのは、とにかく若者に来てほしいということ。そのために何ができるのか一緒になって考えてみました。
現在、八木地区では修学旅行生の受け入れを行っています。その修学旅行生は農業体験や収穫体験を行うことで、八木地区の魅力に触れているとのことです。
そこで、修学旅行生が商店街の空き店舗を使って農作物の販売体験ができないかと考えました。農作物の販売体験を通して、八木の人々が集まり、修学旅行生と交流が生まれたら、商店街の活気も」生み出されるのではないでしょうか。

普段、本や講義で勉強するのとは違い、今回の「まち冒険」では、実際に現地の人にインタビューすることができ、人々がまちとともに歩んできた歴史が手に取るように分かりました。今度八木地区を訪れたら、私が好きな地図を作ってみたいです!

ギャラリー








関根康太

関根康太

学生ライター

早稲田/アトム通貨/地域通貨/まちづくり/コミュニティ/地理/地図/カメラ/まち歩き/地学/天体観測/東京タワー