幻の“東京産”コーヒー。元OLから小笠原諸島のコーヒー農園へ

1月初旬。

真冬にかかわらず15℃を超える暖かな外気、そして、緑深く生い茂る亜熱帯の木々。
 

コーヒーの木1,200本を育てるコーヒー栽培農園だ。
 

遠い南国ではない。
 

東京都の話だ
 

東京の離島・父島にある「Nose’s FarmGarden(ノセファームガーデン)」は都内で唯一コーヒー栽培をしている農園なのだ。
 

「遠い南国ではない」と言ったけど、ウソだ。遠い。東京なのにすごく遠い

父島は竹芝ふ頭から約1,000km南に浮かぶ亜熱帯の島。飛行機が出ていないので、父島へは大型客船で向かうほかない。

到着までの所要時間は24時間。そのまま船は3日間停泊し、4日目に竹芝に戻る。

船の往復で丸2日、島の滞在が4日、計6日間かけなければ行けない島、それが父島だ。
 

そんな遠い、遠い、東京の島で、野瀬もとみさんはコーヒーを育てている。
 

忙しい農作業のかたわら、観光客向けのコーヒーツアーも実施
料金は2時間4,000円。豆の収穫からコーヒーのドリップまでおこない、1杯のコーヒーが作られる過程が体験できるツアーだ。

「南米やブラジルのコーヒー農家が得ている収入は、中間業者、お店やカフェの取り分を引いていくと価格の1~3%と言われています。

そういう人たちのおかげで、安価でコーヒーが楽しめる。

コーヒーをとりまく世界の状況を、体験ツアーを通じて伝えていけたらいいなって思うんです」と野瀬さん。
 

なにげなく飲んでいる1杯のコーヒー。
今回は体験ツアーに参加して、その製造過程を追っていった。

この記事は、「東京の離島1ヶ月渡り歩きます会社」企画の第三弾です。他の記事も順次公開していくのでお楽しみに!
離島企画記事の一覧

父島でしか買えない、幻の東京コーヒー

── 東京産のコーヒーがあるなんて驚きました!

野瀬さん島外にはほとんど出してないですし、島中でも卸販売はしてません。ここでだけ販売してるので、知らない方も多いでしょうね。

東京で育てたコーヒーってことで注目されて、マスコミに取りあげられて、取引を求められますけど、ごくごく少人数で作業してるのでなかなか手を広げられないんですよ。

── 父島に来なきゃ買えない。ものすごくレアです。

野瀬さん島でのコーヒー栽培の歴史も古いんですよ。
明治11年(1878年)、開拓のために初代が父島に入って、育てたのがそもそものはじまりです。

── え、そんなにさかのぼるんですか。

野瀬さん内地と気候が違うので「父島ならではの農作物を栽培しよう」と農政のお役人が持ってきたのがマンゴーやバナナ、コーヒーでした。
コーヒーはジャワから取りよせたそうですよ。

── 野瀬さんで何代目なんでしょうか

野瀬さんこの農園は私で5代目。
ただ、明治初期は食事も和食ですし、コーヒーを飲む文化がありませんでした。だから、それほど本気で栽培してなくて。島全体の試験栽培量も50kgほどだったとか。

── コーヒーだけってわけじゃないんですね。

野瀬さんいろんな植物を植えて生活してたみたいです。

太平洋戦争が始まると、父島は全島民が強制疎開しました。その後、アメリカから返還されるまで、20年以上島に戻れませんでした。

私の父が島に帰ったころには、ここらへん一帯、ジャングル状態

記憶を辿って「どこから農地へ蘇らせようか」と探索してたら、コーヒーの木が自生してるのを見つけたんです。

自生したコーヒーの木を見つけ、驚く野瀬さんの父

── 自生! よっぽど気候が合ってたんですね。

野瀬さん「先祖から置き土産をもらった気持ちだ」って言ってました。

父は主にマンゴーの栽培をやってたので、本格的にコーヒーをはじめたのは私が手伝うようになった20年ほど前から。今ではコーヒーの木は1,200本まで増えてます。

逆境に燃えるタイプだから、農業に向いてるのかも

30歳まで東京で事務職をしていた野瀬さん。
なぜ父島に渡り、コーヒー農園をやることにしたのか。

ウッディーで落ち着く店内

野瀬さん30歳で会社を辞めたので「しばらく父の手伝いしようかな」って気軽な気持ちで来ました。

定住するつもりはなかったのに、いつの間にか住むことになっちゃった。

── きっかけがあったんですか?

野瀬さん一番大きかったのは父が倒れたこと。

従業員はいたけど何をどうしたらいいか分からなくて、私が作業を取り次ぎすることになったんです。

そうこうしてるうちに、コーヒーに感激しちゃって……。

── コーヒーに感激?

野瀬さん強風で倒れた木の幹から、枝がぴょこんと生えてたんです。

コーヒーの幹がお父さんで、枝は子供たち。お父さんが倒れても子どもたちがすくすく伸びてて逞しくって、自分の状況と照らして感激しちゃいました。

農作業してると、木々が人生を教えてくれるような、そんな気持ちになるんです。
 

── OLから農業って大きな転換ですよね。

野瀬さん事務職をやってたころは「今日はこの作業で、明日はこの作業」って決まってました。お疲れさまって家に帰って、明日はその続きって毎日。

でも、畑ではそれがいっさい通用しません。自然が予定を覆す。自分を自然に合わせざるを得ない

大変ですけど、自然のなかで自分はちっぽけで、生かされてるんだなって痛感できる。そこが面白いのかも。

すんなりいくのは向いてないんです、逆境こそ燃えるタイプなんで。

そうそう、コーヒーってバナナとか背の高い木の下に植えるんですよ。なぜだと思いますか?

── え、バナナの下に? なぜでしょう。

野瀬さんコーヒーの木は太陽の強い日差しを嫌うので、バナナの葉で木漏れ日にするんです。そういう木をシェードツリーって言います。

最初はそういうことすら分からなかった。なんせ本格的にコーヒー栽培してる人がぜんぜんいませんから。日本でやってるのはここと沖縄、鹿児島の徳之島ぐらいですかね。

── ゼロからの試行錯誤だったわけですね。

野瀬さん知識もそうだけど、人手の確保も難しいんですよね。父島は東京都なので最低賃金が高いですし。

かといって生産量もなかなか増やせません。年間生産量は200kg。コーヒーカップに注ぐと2万杯ぐらい

私たちは50g1,000円とそれなりの価格で販売してるけど、ちゃんと採算が合うかでいえばまだ怪しいですね。

コーヒー豆の収穫からドリップまでやってみた

●収穫

「じゃあ、さっそくコーヒー豆の収穫からはじめましょうか」

コーヒーの実は引きちぎるようにもぐ。
地面に落ちてる実はたいていオガサワラオオコウモリや鳥たちが食べ散らかしたあとだ。
 

もともとの原種は枝のあちこちに実がついていた。それじゃあ収穫が大変だ。
品種改良を重ねて、鈴なりに実がつくようにした。
 

7品種のコーヒーを植えているので、赤く熟すものと黄色く熟すものがまざっている。

駆け出しの頃は、とにかく木を増やすことに夢中で、品種ごとの色の違いも分からなかったそうだ。
 

コーヒーの実は、サクランボに似ているので「コーヒーチェリー」と呼ばれてる。

半透明のうすい膜みたいな果実が種を包む。口に放りこむと、ものすごく甘い。あえて言えば、味は柿に近いかな。

糖度は15度くらいで、とくに甘いものは20度を超える。メロンやブドウより甘い実もあるそうだ。
 

皮を剥いた実を水に浮かべる。
浮いてしまうものはスカスカで質が良くないので捨てる。

●脱穀

豆を乾かしたら脱穀する。ビンのなかに豆を入れてガンガン突いた。

野瀬さん普段は脱穀機を使ってますけど、機械が見つかるまではこんな手作業をずっとやってました。いやあ、大変でした!

コーヒーの脱穀機ってどこで買えるのか分からなくて「コーヒー 脱穀」「コーヒー 殻」とか思い当たる言葉で片っ端からネット検索して、執念で見つけましたね。

── そうか…。日本でコーヒーやるってそこから調べないといけないのか

●焙煎

焙煎のスケール。浅いほど酸味が強く苦味が薄い。深ければ酸味がなくなり苦味が増す

焙煎前にかならずやるのがハンドピック。
1粒1粒点検して虫食いがある豆、カビが生えている豆を取りのぞく。欠けた豆も焙煎で焦げてしまうので弾く。

左上の丸っこいやつは「ピーベリー」というそう

野瀬さん「ピーベリー」と呼ばれる丸っこい豆も選別します。

ピーベリーだけを選り分けて高値でやりとりされてるんですけど、特別美味しいかって言ったらそういうわけでもありません(笑)。

人間がただ希少性を楽しんで飲んでるようなものですね。
 

普段は自動の焙煎機を使っているが、あえてツアーでは手作業で。

火から遠ざからないよう、小さく横に振るのがポイント。焙煎のムラを少なくするためだ。
早ければ5分、遅くても15分で完成。
 

ほのかに香ばしい匂いがする。
焙煎を終え、やっと見覚えのあるコーヒー豆が姿をあらわした。

●ドリップ

豆を粉にしたら、いよいよドリップタイム。
 

30秒ぐらいかけ、表面を濡らすようお湯を注ぐ。

中央に500円玉があると思って、そこからはみ出さないよう“の”の字を書くようにに注ぐ。
 

焙煎したてで豆が活きてる。ハンバーグみたいに膨らんでくる。

膨らみきったらいったん注ぐのをやめ、しぼんだらまた入れるの繰り返し。

水滴が落ち切らないうちに次を注ぐのがポイント。最後の水滴はアクのような存在なんだとか。風味が落ちるのでなるべく入れたくない。
 

そうして出来上がったのが、この1杯。

収穫からドリップまで、すべて自分の手でおこなったコーヒーは格別だ

コーヒーから見えてくる世界の状況

「こういう体験ツアーをとおして、コーヒー栽培にいかに手がかかっているか、それがこれだけ飲めているのはどういうことか。農業から見える世界の状況を、すこしでも伝えられたらなと思ってます」と語る野瀬さん。

体験してみると、身近な飲み物なのに知らないことだらけ。

東京産のコーヒーというレアさだけではない。コーヒーの認識を変えてくれる農園だった。

取材・編集/松澤茂信(別視点)+プレスラボ
写真/斎藤洋平(別視点)