島民170人足らず。絶海の孤島「青ヶ島」では5つの仕事を兼業していた

青ヶ島アクセス難易度S級の島だ。

東京から358km南に位置する絶海の孤島。
東京都に属しているが、島への直行便はない。
八丈島を経由して、ヘリか船でアクセスする。

ヘリは1日1便、9席だけ。観光のためではなく、島民の足の役割を果たすため、予約を取るのが難しい。
3週間後まで予約がびっしり埋まってることもザラ。

 
一方、ならどうか。
週に4~5便運航する予定だけど就航率は50%ぐらい。欠航がすごく多い

海が荒れる冬場、台風のくる梅雨はさらに就航率が下がる。
青ヶ島は断崖絶壁に囲まれ防波堤がないため、ちょっとした高波でも着岸できない。
 

 
いつ行けるか、いつ帰れるか。
スケジュールが読みづらいので、一般的な社会人には上陸が難しい。

青ヶ島への経由地である八丈島の島民数名に、
「え、青ヶ島行くの!?」「何十年もここに住んでるけど1度しか行ったことないよ」
と驚かれた。
 

しかし、そんな苦労をしてでも青ヶ島を目指す人もいる。
それは、世界的に珍しい2重カルデラがあるから。

カルデラとは、火山活動で生じた大きな凹地のこと

島全体が大きな1つのカルデラで、そのなかにもう1つカルデラ山がある。

火山の度重なる噴火が作りだした自然の産物は壮観!
死ぬまでに見るべき世界の絶景13」にも選出されている。
 

カルデラ内は活火山。山には無数の噴気孔があって、煙をプスプスあげている。

地熱を使った、石造りの「地熱釜」もある。
 

民宿のおばちゃんに「地熱釜やりたい」と伝えれば、地熱釜セットを用意してくれる。

卵にジャガイモ、ウインナー、くさやなど。蒸気で蒸せば、ホックホク。おいしいお昼ご飯の完成だ。
 

青ヶ島の人口は約170人

人口の半分が学校の先生や役所の職員で、任期を終えたら島外へ戻る。そして1割ぐらいが子どもたちだ。
 

島のお店は、雑貨屋1軒、居酒屋2軒、民宿5軒だけ。
 

夜は真っ暗闇で星の海。
 

四方を海に囲まれ、たんなる田舎町とも違う環境。
都会に住んでる人間には、その日常が想像もつかない

特に、仕事面

限られた人数、限られた資源。

いったいどんな仕事をしているのだろう?
そもそも仕事はあるのだろうか?
 

というわけで、疑問をはらすべく、島民の荒井智史さんに話しをうかがった。

この記事は、「東京の離島1ヶ月渡り歩きます会社」企画の第二弾です。他の記事も順次公開していくのでお楽しみに!
離島企画記事の一覧

荒井さんは青ヶ島出身。中学校を卒業して、高校入学時に島を出た。(青ヶ島に高校はない)
20代のころは和太鼓奏者として、弟の康太さんらとジャズバンドを組んで活動していた。

30代で青ヶ島にUターン。
現在は結婚されていて、3歳と5歳の子どもが2人。

そんな荒井さんに、絶海の孤島での仕事についてうかがってきた。

5つの仕事をかけもちしている

── 離島ってのんびり暮らしてるイメージがあるんですが。

荒井さん青ヶ島は違いますね。
人口170人だと、やらなきゃいけないことが山ほどあります

利島(としま。東京都の離島)の島民が約300人なんですが、それぐらいの人口が1人1つの仕事でやっていける最低ラインだと思います。

── と言いますと、青ヶ島の人たちは仕事をかけもちしてる?

荒井さんそうですね。私の場合、細かく分ければ4つの仕事をかけもちしてます。

レンタカーを貸し出ししているところ

── 4つ!!

荒井さんまず、車の整備工場に勤めてます。父が社長で。
普通車も修理しますし、建設機械やコンプレッサーなんかも修理しますよ。

観光客向けにレンタカーの貸し出しもやってるし、島内の観光ガイドもします。

── ガイドから車整備まで! 業種が幅広い。

荒井さんあとはガソリンスタンドの運営もしてますね。

荒井さんから借りたレンタカーに、荒井さんがガソリンを入れてくれた

── 車の整備、レンタカー業務、ガソリンスタンド、観光ガイド……。これで4つですね。

荒井さんあ、あと大きい仕事でいうと、浄化槽の維持管理です! 下水道のない島なので、1軒1軒に浄化槽がついてるんです。

浄化槽管理の免許を持っているのは私だけなので、メンテナンスシーズンになると1人で90軒まわってます。

── 5つ目があった!

荒井さん法律で年に3回メンテナンス、年に1回清掃しなきゃいけないんです。汚泥が溜まって詰まっちゃうから。

この免許は島に返る前に取っておいたんです。島の役に立つかなって。

── すごいパワフルさ。この働き方、荒井さんが特別な気がするんですが。

荒井さんとんでもない! みんなすっごい働きますよ!

昼間は建設会社に勤めつつ、青酎っていう焼酎の杜氏をやって、農家として芋まで育ててる人だっていますよ。

── 建設業と杜氏と農家! 1人何役もこなすんだなあ。

「塩害」「欠航」…離島の仕事は海との戦い

── 仕事をするうえで、離島ならではの困ることってありますか?

荒井さん車の整備でいえば塩害ですね。サビが半端じゃない
これは離島あるあるだと思いますよ。

今、僕たちが話してる事務所だって、陸地に感じますよね?
でも、実は海から数百mしか離れてない。ここに吹く風は海の風なので、すぐに車が錆びちゃうんです。

タッチペンでサビを修正した車。草間彌生が乗ってそう

── ああ。そういえば島のガードレールもガビガビに錆びてました!

荒井さん砂利道なんかではねた小石が車体に当たって、小さな傷ができると、そこからどんどん錆びちゃいます。だから小さな傷でもすぐに補修するわけです。

内地じゃまず錆びないようなとこが錆びますし、下手すりゃブレーキも効かなくなります。
だから、整備が欠かせません!

── そういうシーンでも海が牙を剥くのかあ

荒井さん車検の時期に海が荒れるのも困るんですよ。
車の部品は点数が多いので全てを在庫として持っておけない。取り寄せるのにも一苦労です。

特に、冬場に建設機械が壊れると大変ですね。
センサーとか小さい部品なら空輸できるけど、大きい部品は無理ですし。
作業自体がパタッと止まっちゃうんです。

── 冬の海は仕事の観点からも厳しいんですね

荒井さん1月は、渡船出来るのが月のうち7回くらい。酷い時は月4回なんてこともあった。

そういう世界になると、車の部品どころかジャガイモとかタマネギすらなくなっちゃうんです。

荒井さんのお母さんが運営している、島唯一の雑貨屋さん

 
── 荒井さんの1日ってどんな流れなんでしょう。

荒井さん6時に起きて、7時半には工場に入って整備を始めます。

船が来る日は港まで荷受けしにいきます。母が島唯一の雑貨屋をやってるので、食材なんかも運んできて。

── あ、雑貨屋やってるの荒井さんのご家族なんですか! 青ヶ島の商業を担ってますね。

荒井さんとくに金曜は週に1回の貨物の日で、大型資材が積みこまれます。金曜は荷受け仕事ががっつり入りますね。

仕事が終わるのは冬だと18時、夏なら19時ごろ。
そのあと家に帰って、太鼓の練習してます。

復興に50年。火山との戦いを和太鼓にのせて

── 島に戻る前は、和太鼓奏者としてジャズバンドをされてたとか。

荒井さんそうですね。
島に戻ってからは週1回、太鼓のレッスンをしてます。

還住太鼓(かんじゅうだいこ)をやってるんです。
子どもたちも大人たちも教えてます。

── 還住太鼓?

荒井さん青ヶ島の歴史を表現する太鼓ですね。

青ヶ島は1785年の大噴火で全島民が八丈島に避難しました。逃げきれずに100名近くが死亡したと言われてて。

約40年後に青ヶ島に帰ってくるけど、それまでの間に海で遭難したり、火山灰で畑がなくなっていて餓死したり。大変な思いをしたわけです。

── 活火山ですもんね、青ヶ島。

荒井さん復興が完了して、年貢を納められるようになるまでさらに10年かかったそうです。その大変な軌跡を太鼓で物語るんですよ。

2人1組で太鼓を両面から叩きます。1人が拍子をとり、1人が即興でリズムを刻む。
会話するように、波に船が乗るように……と叩くのが楽しいんですよ!

荒井さん本番では紅白のバチで叩きます。バチをくるっと回るように投げて、噴火を表現したり。

夏に12時間太鼓もやりましたよ!朝10時から夜10時までずっと叩き続けました。

── え、お一人で12時間!?

荒井さん1時間半は僕が頑張りましたけど、あとはみんなでどんどんかわりばんこに。夏休みだったので八丈島の太鼓仲間や子どもたちも叩いてくれました。

── 仕事のほかに太鼓のレッスンまで……。それだけ公私ともにふれあってると、島の人間関係は濃そうですね。

荒井さんまあ、たしかに密度は濃いですね。
でも、交流が無い人もいますよ。まったく話す機会のない島民同士もけっこういますし。

── 意外! 島民170名でもそういうことってあるんですね。

荒井さん淡々と仕事をして10年20年と生活する人もいますし、それぞれのペースで暮らすのがいいんでしょうね。

まとめ

「直した車が走っていたり、自分がやった仕事が誰のために役立ってるのか、実感として掴めるのがいいですね」と荒井さんは笑う。

思い描いていたようなスローライフとは異なるけれど、やりがいのある仕事って、こういうことなのかもしれない。

取材・編集/松澤茂信(別視点)+プレスラボ
写真/斉藤洋平(別視点)