京都の老舗フレンチシェフが、コンビニもない離島で「本格フランス料理」をはじめたわけ

ブダイのカルパッチョ、たこのマリネ、タカノハダイとうつぼの燻製……
 

イシガキダイのポワレ、燻したブダイ……
 

エビヅルの実のソースをかけた和牛ステーキ……
 

つぎつぎ供される本格フレンチのコース料理。
見た目が美しく、眼福だ。
 

 

「うっま……。ウェブ記事にありがちな”うまそうな顔”を演出するのも忘れるぐらい、うまい」
 

恥ずかしながら、しっかりしたフレンチのコース料理を食べるのはこれがはじめて。
フレンチビギナーだが、一品一品丁寧に料理され、気持ちをこめているのが分かる。

このほかにサラダ、スープ、デザート、コーヒーがついてくる。
これだけのフランス料理、諭吉の1枚2枚は覚悟しなければならなそう。
 

しかし、お値段たったの3,500円だ。
 

「そんなお得なお店、いったいどこにあるの!?」

表参道か、代官山か、中目黒か。
きっとオシャレな街に違いない。

  

 

 
東京の離島、神津島(こうづしま)なのです。
 

東京の竹芝ふ頭から船で12 時間、もしくは、調布飛行場から飛行機で50分の離島だ。

人口は約1900人、面積は約18.6平方キロメートル。車で1時間もあればざっと1周できる大きさ。

コンビニすらないこの島に、なぜか本格フランス料理「コルドンブルー」はある。

この記事は、「東京の離島1ヶ月渡り歩きます会社」企画の第一弾です。他の記事も順次公開していくのでお楽しみに!
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釣りがしたくて京都から神津島へ

コルドンブルーのシェフ・薮田進さんとホール係の妻・薮田登美さん。

20年以上、京都でフランス料理店を経営していたが、2017年神津島にご夫婦で移住したとのこと。

── 神津島出身ではないんですよね

薮田さんそう、違いますね。京都の南禅寺の近くで、今と同じ名前の「コルドンブルー」というお店を二十数年やってましたから。

多い時は、宇治の平等院の近くや京都・先斗町あたりで3〜4店舗やってました。今は夫婦2人、やれる範囲で続けてます。
 

リンゴの赤ワイン煮と自家製アイス

── なのになぜ、京都からわざわざ東京の離島に移ったんですか?

薮田さん釣りが好きでねえ。釣りがやりたくて来ちゃいましたよ

── 釣りのため!?

もともと「さわや」という旅館だったが、現在はレストラン営業のみ

薮田さんもともと、この建物は旅館だったんです。そこの奥さんとmixiで繋がっていて、ご一家が旅行で京都に来られた際に、私の店にいらっしゃったんです。

その日、お客さんは一組だけだったのでたくさんしゃべって、そこから毎年、この島に来るようになったんです。

そのうち「民宿やめるから、建物そのまま使わないかい」と提案されて、いま、こうしてレストランを開くことになりました。

── mixiが繋いだ縁ですか

薮田さんまた、ここのご主人が釣り名人でね。港の突堤でひょいひょい釣る。メートル級のヒラマサが釣れて目が点になりましたよ!

40cmオーバーのグレ釣って喜んでたら「そんなのちっちぇえよ」って一蹴されて。グレの30cmオーバーなんて関西じゃなかなか釣れないのにね!

このサイズ、ザラに釣れる

薮田さん店の常連さん20人とツアー組んで来た時もあったし、移住するまでに神津島には5回来たかな。天上山に登って釣りをして温泉に入って、みんなでワイワイガヤガヤやって楽しかったですねえ。

台風が上陸して滞在が1日延びた年もあったんですけど、かえって「離島っていいな」って思いました。コンピュータからもネットからも離れられるし、のんびりできる。

京都のお店はすごく取材が多くてね、雑誌もテレビも毎月来ていて、時間に追いたてられていたので。

「なんだ、こんなの」と言われる魚を、料理の力で美味しくしたい

── 島に来て、メニューは変わりましたか?

薮田さんその日あがった魚を見てから「これにしよう」ってレシピ決められるからね。

京都時代は漁港まで車で3時間かかったけど、ここなら歩いて15分。これほど生臭さを感じない魚でやれるのは島ならではですよ。
 

肉料理もおいしい

── ポワレもマリネもすっごい美味しかったです。

薮田さん案外、島の人って魚好きが少ないんですよ。金目鯛なんて港で山になってるもん。

こないだ両手に良いサバ握ってる漁師がいて「どうするんだ」って聞いたら「畑の肥しにする」って。穴掘ってそのまま埋めるそうなんです。

伊勢エビだって「あんなの食べ飽きたよ」って味噌汁で食うって言うから。「こうやって料理したら美味しいよ」って言うけど、めんどくせえやって味噌汁にしちゃう。

たいていの島民は親戚に漁師がいるから買う必要がないんです。ヒゲが折れたりしてる売り物にならない伊勢エビをもらえるんですよ。
神津島で魚に対する認識が変わりましたね。

── 分かります! 民宿に無造作に段ボール箱が置かれてて「なに入ってんのかな」ってのぞいてたら伊勢エビで驚きました。

薮田さん島の魚食べるってなったら刺身、煮付け、焼き魚のどれかじゃないですか。それ以外にも美味しい食べ方があるんだよって伝えられたら嬉しいよね。

刺身で食べて美味くなければ、島では「なんだ、こんな魚か」って言われてしまう。そういう魚を料理の力で美味しく食べてもらいたいんですよ。

── 島は刺身至上主義……。

薮田さん「魚は水のなかで生まれるけど、油のなかで死んでくれ」ってフランスのことわざがあります。まあ、ポワレのことです。オリーブオイルでソテーすると、そんなことわざが生まれるくらい美味い

うつぼ、燻製にしたんだけど美味かったでしょ?

── はい! うつぼってムチムチで食感いいんですね。

薮田さんうつぼはフランス料理で出てくる素材じゃないけど、島で獲れるものを工夫して美味くしてます。
 

薮田さんステーキにかけてたのは、島に自生してるエビヅルの実のソースでね、ヤマブドウです。つるから実をはずすのが大変なんだけど、砂糖をドバッと入れて煮込むとキレイで美味い。

そういう発見だけで楽しいですね。食べ物やってて、こんな感覚は初めて。

憧れのフランス料理が、まずかった

── 京都の前、どこかで修行されたんですか?

薮田さん修行はまったくしてないです。私は公務員で児童館の職員とかしてたので。でも、料理本は買い漁って、本の山を作って読みまくりました。

いまだに「そんな贅沢なの作ったら元がとれませんよ」とか「こんな丁寧にやってたらキリないですよ」って言われることもあるけど、本の通りにちゃんとやってるだけなんです。基本は崩さない。
 

 
── 奥さんも前職は料理関係ではない?

薮田さんええ、会社員でした。もともと学校の演劇部で一緒だったんですよ。妻が先輩です。

2年間一緒だったんだけど、ずっと怒られてましたね。ある日突然「嫁にするか」って思ったのが運の尽きですよ!

学校卒業して、東京で数年間、芝居してました

── 芝居で東京に。そんな演劇人がなぜシェフになったんでしょう

薮田さんフランス料理は憧れだったんです。僕らが若い頃は、数えるほどしかフランス料理屋がなかった。

20歳になってお金を貯めて、とある有名レストランでグラタンを頼んで食べたんです。本で読んだら美味しいって書いてあるのに「うん、うまくないな」って。クリームソースがまずかった。

で、うまいの食べたいから自分で作ったわけ。うまいものが食べたいし、うまいワインが飲みたいからこの商売をはじめたんです。

── 芝居から公務員をへてフランス料理のシェフ。面白い経歴ですよね

薮田さんこうしてお店でお客さんと話すのって、芝居と変わらない一面があるんですよ。

どっちも自分の生きてきた道を真正面からぶつけないといけませんから。そうじゃなきゃ演じられない。芝居やってる人間はバカ正直ですよ。

料理中は自分のことしか頭にない。夢中。他のものはすべて邪魔。ソテーがいいか、ポワレにするか、煙で燻すのがいいか。店においでになる人のことを思い浮かべてどうするかずっと考えてるので。
 

雰囲気も値段も、気楽なのが一番

薮田シェフが京都でお店をはじめたのは39歳のとき。

「誰も住んでない古民家あるけど店やらない?」と知り合いに声かけられたのがきっかけだった。築100年近いクモの巣だらけの民家を改修して、フレンチレストランにした。

いまでこそ古民家カフェや町家を使った料理屋は珍しくないが、当時は畳敷きのフレンチ料理屋なんてない時代。その珍しさから取材が絶えなかったそうだ。

神津島ではじめた今のお店も、同じ畳敷き。

和の空間だからなのか、やたら落ち着く

── 和室で食べるフレンチ、すごく落ち着きます。

薮田さん黒服がいてカチッとしてたら緊張するでしょ。緊張しちゃうとあんまり美味しくないからね、気楽に会話できるような雰囲気を作りたいんです。

── お値段もすごく安いですよね。京都時代も同じような価格だったんですか?

薮田さんさすがに京都ではこの値段じゃ出せません。家賃や人件費もあるし。でも5千円から7千円ぐらいで1万円は超えないようにしてました。

料理なんて何万円も出して、経済的にやばくなりながら食うのは違うな、楽しい人たちと楽しく食べるのが一番だなって思ってるので。
 

まあ、だから貧乏なんですけどね

薮田さん京都の頃、「ソムリエナイフ、良いの持ってるじゃない」っていきなり細かいところ言ってくるお客さんがいましてね。

変わった方だなって思ったら「このワイン、何年のだよね」ってぴったり当てるんです。ソムリエ学校の校長先生だったんです。どうりでスゴイわけだ。「家2軒建つぐらいワイン飲んだ」って言ってました。

その方にも「この値段じゃ安すぎるよ」って言われたけど、誰でも来てほしい店なんでね、あんまり高くはできませんね
 

「まあ、だから貧乏なんですけどね」と豪快に笑いとばす薮田シェフ。

「生きていければいいや、いい仲間に巡りあえたらいいやって。お店って仲間作りの一つの方法ですから!」と楽しそうに話す姿に「俺も仲間に入れてくれ~」とおもわず惹かれた。

神津島に再訪する理由が、また1つ増えてしまった。

みなさんも絶品フレンチを食べてみて欲しい。離島だからこその、穏やかな時間を過ごせるだろう。

取材・編集/松澤茂信(別視点)+プレスラボ
写真/斉藤洋平(別視点)