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日高山脈の麓から!全国へ発信するお米をつくる!

北海道ではイレギュラー!?山だらけの町、日高町

yama

私は今回、北海道沙流郡日高町に行ってきました。

日高町は、北海道を横半分に折ったとき、大体真ん中の少し下のあたりにある町です。
ぜひGoogleマップで「北海道沙流郡日高町」(ほっかいどうさるぐんひだかちょう)を検索してみてください。
海にくっついている土地と、そこから少し離れた場所に、もう一か所当てはまる場所が出てきます。

実はここ、隣町の平取町をはさんで、飛び地になっているのです。

2006年に山側の旧日高町と海側の門別町が合併し、日高町という名前はそのままに、大きな大きな飛び地をもつ町になりました。
私たちまち冒険in日高町チームは今回、内陸の日高町に行ってきました。
日高町を知るまで、私は北海道といえば、どこまでも続く大草原、さえぎるもののない大パノラマ・・・!というイメージがありました。
しかし日高町は、日高山脈のふもとにある、北海道では少し珍しい、山の景色がある町でした。

山×秋×北海道の気候、が生み出す感動ものの自然

sizen

日高町に行って、私は自然の美しさにとにかく感動しっぱなしでした。
まだ半袖の東京からしっかり秋になった北海道に飛んで、寒さにびっくり!

日高町に到着すると、そこには「秋」がありました。

私にとって秋は、夏と冬の間にある気が付かず過ぎていくものでした。
しかし、日高町に行ってみると、澄んだ空気、昼間は暖かいけど夕方いきなり寒くなる気温、紅葉した葉っぱ、沙流川にかかる朝もや・・・などなど、季節を感じ、自然を感じられるものが盛りだくさんでした!
朝から夜までずっと外にいても見飽きることがない自然がありました。

洪水と橋の寸断・・・台風の爪痕

taifu

自然の美しさに感動するとともに、今回私たちは、自然の脅威、怖さも見ることになりました。
みなさんは8月末の台風を覚えているでしょうか?
普段は滅多に上陸しない北海道に上陸し、各地で大きな被害を出しました。

日高町でも、町のそばを流れている沙流川で洪水がおこり、町の中心部と山沿いの千栄(ちさか)地区をつなぐ千呂露(ちろろ)橋が流されてしまいました。
当時、住民の方同士で呼びかけあって避難をされたことで、住民の方々は無事だったそうですが、町から千栄地区に行くには1時間かけて林道を通る道だけになっていたということでした。

また、千栄地区の水道と電気は、千呂露橋を通って供給されていたそうで、橋が流されると同時に供給が途絶えてしまい、断水・停電になっていたそうです。
私たちが行った9月末には仮の橋が架けられ、水道・電気ともに復旧していましたが、壊れて中が見える千栄生活館の建物や岸辺が川によって大きくえぐられている景色はとても心が痛みました。
一刻も早く元通りになることを願います。

おいしいと思った人に食べてほしい。生産物の届け方へのこだわり

kome

フィールドワーク1日目は町のことや台風の災害のことを学んだあとに町で働く方のもとをまわり、お話を伺いました。

2日目には、学生は2~3人ずつ釣り堀チーム、農業チーム、観光チーム、馬牧場チームに分かれ、それぞれの体験先でお手伝いをしながらお話を伺いました。
私は農業チームに加わり、千栄地区で農業をされている松井さんにお世話になりました。
松井さんは、お米を作っている農家さんで、3代目だそうです。
今回私たちは、田んぼでの刈り取りや乾燥機の見学をしたあと、3kg、5kg、30kgの3種類の重さのお米の入った米袋を結ぶお手伝いをさせていただきました。

松井さんは作ったお米は、半分は農協、半分は直接販売をされているということでした。
お米を食べる人の声を直接聞くことをとても大事にされていて、ネット販売はせず、直接会ったり電話で連絡をとったりした方にお米を売られているそうです。
私たちもお昼に松井さんが作った「ゆめぴりか」のおにぎりをいただいたのですが、いくつ食べてもまだまだ食べたくなるくらい、本当においしかったです!

松井さんのお米はとても評判が高く、口コミで広まって、遠くは大分県からも注文があるそうです。
また、バイクで来て買う方もいるそうで、松井さんのところでお米を買って、荷台に乗せたバイクが列になって帰っていったこともあるそうです。
松井さんは「とにかく食べてみて判断してほしい」と言っていました。
お米を食べた方に「どうでしたか?」と聞いて、相手の声を聞きながら生産物を売ることにこだわりをもっていました。
また、松井さんは、新しいアイデアを生み出すために、外から来る人を積極的に受け入れているそうです。
農業は植物や動物を扱うため土地に根ざしている仕事で、長期間離れることは難しい職業です。
松井さんは、旅をしている人を家に泊めて話をすることで、いろいろな考え方に触れ、新しいアイデアを得ているそうです。

日高町は土地の上に生き生き働きながら暮らす人が集まるまち

行く前に聞いた話で考えていた日高町は、家やコミュニティがぎゅーっと凝縮された小さい町というイメージでした。
その町がどんな地形か、どんな仕事があるか、事前のワークショップでは様々な情報をもらっていましたが、それでも、山の際にある小さな町なのかな、と勝手に想像していました。
実際に町に行ってみて、人と話して感じたのは、日高町には様々な可能性や楽しさ、働く人が生き生きとしている仕事がある、ということでした。

今回お世話になった松井さんは、住む場所、働く場所は日高町でも、お米や人を通して、日本全国とつながっていたように感じました。
私はこれまで、働いたら最後、転勤や転職をしない限りその場所から離れられないのではないか、だから一生ものの覚悟で働く場所を決めなければ、という気持ちがありました。
しかし、日高町に出会って、たとえ働く場所は決まっていても、そこに人を呼び込むことで、働きながら広い視野を持つことができるのだと学びました。

今回私は、今の町の姿を改めて見直したり、外にPRしたりするためのポートフォリオを作るという目的をもって、日高町に行きました。
まち冒険で見た日高町をまとめ、今後は、今回つながった方々を通して、より深く町の姿を見つめたいと思います。

布施木展子

布施木展子

恵泉女学園大学人間社会学部人間環境学科4年

写真、旅、農業、アートがないと生きていけません。