no1_2

日高の雄大な大地と自分の小さな生き方の差に悩む

~行くにあたり~

no2

日高と聞いて真っ先に思い浮かんだのは昆布だった。

名前ぐらいは聞いたことのある高級品というイメージ。
さぞ食べ物のおいしい場所なのではと期待が膨らんだ。

しかし高橋さんとのミーティングを通して、日高町は飛び地になっていること、そして今回行くのはその山側の方という事を知る。
そもそも市町村が、飛び地になっていること自体不思議で、また同じまちの中で海側と山側があることに、興味深く思えた。
自分は、今回の日高町まち冒険を通して自分の働き方についてのヒントと、また観光学部生として普段学んでいることがどれほど活かせるのか、この二つを確かめたかった。

しかし、日高町が今夏の台風で、甚大な災害に遭われたことを知る。

このとき、自分はベトナムにいた。

自分が、思いを巡らせていた場所が災害に遭っている事実に、何かもし、自分にできることがあればと思っていた。
そんな中、当初の形とは変更はあるにしろ、まち冒険を開催して頂けることになり、参加を決意するとともに、もっと日高のことを知ってから行くべきだと思うようになる。

実は、この夏のインターンで準備不足の愚かさを痛感していた。
これ以降、日高町や自分がお世話になるHOA(北海道アウトドアアドベンチャーズ)の情報を調べ始めた。

~体験を経て~

no3

二日目に、一日HOAでの体験があった。
午前中は、ゴパールとコムラというHOAにネパールから研修に来ている二人と、一日目に行ったHOAのベースでの仕事を手伝った。

ゴパールはすごく気さくで、英語と日本語使い分けるガイドで、その彼女のコムラはとてもシャイな印象だった。

落ち葉拾いを手伝ったのだが、その中で二人から色々な話を聞けた。

ネパールには、女性のガイドが4人しかいないこと、そのうちの一人がコムラであること。
「みんなガイドの仕事は難しいけど、私にとっては簡単」というセリフから、ガイドがこの人の天職だと思う。

でも、自分はすごいうらやましかった。

自分の、今の最大の関心は、自分はどう生きていこうかということにある。
楽しいことを真剣に仕事にしていきたいとは思うけど、じゃあ一生かけて楽しめるものを、自分は持っているのだろうか。
そしてそれはゴパールも同じだった。

彼は最初ネパールでは銀行で働いていた。
しかし、都会での生活と毎日のデスクワークで体と心の両方が弱っていくのを感じたという。

本当に、自然が好きそうに話すゴパールがまぶしかった。

自分は、ずっと東京で生活してきて、それでも自然のあるところには何度も行った。
本とかテレビからも自然のあふれる場所に行き、きれいだなとは思った。

でも、結局自分は東京に帰ってくる気がしていた。
それは、やっぱり生まれた土地であるから。
でも、今この地球という環境に生まれた中で、自分はどっちにいるのがいいのか考えた時、あの日高の自然は雄大で温かった。

今、考えは揺れている。

午後、仮事務所で食事していると、ずらずらとスタッフのみんなが集まっていた。

みんなサラリーマンには向いていないなあ、という第一印象だった(良い意味で)。
聞いてみると、夏はこの日高でラフティングやって、冬になったらほかに行きリゾートやスキー場で働くという。
そういう生き方をしている人たちだ。

それをかっこいいと今までは思っていて、それは今の自分の目標でもある。
だけどだんだん働くことが目前に控えてきて、その不安は分かってくる。

二か月先のことは分からないという生活。

そこまでラフティングって楽しいものなのか。
その答えはすぐわかった。

no4

防水スーツに身を包み、しゃがみこんでスーツ内を真空にする。
まさに真空パックになるのだ。

仮事務所からスタート地点まで15分ほど。
今回ラフティングを一緒にしてくれるラジュからラフティング中の講習がある。

そして現場に到着し、崖の上からゴムボートを一気に落とす。
これで準備完了。

この日は水量も少なく、実に穏やかな川下りだと思っていた。
しかし、何人もの大人を魅了してきたラフティングは、やはりすごかった。
緩やかだった川も、他の川同様に日本の河川である。

勾配はなんだかんだきつい。

徐々に川を下るうちに流れは速くなる。

何度も放り出される。

こんな穏やかそうな川でも、実際に下ってみると急なことに気付く。
ラフティングのルーツを昔の川下りにつなげてみて、実際は違うらしいが、この川を丸太を使って下っていたことは事実であり、それを思うと確かに技術が必要な職業であったことが伺える。

この日の温度は冷たいはずだったが、ウェットスーツの性能もよく、あまり冷たさは感じなかった。

ラジュが後ろでかじ取りをし、前か後か座るか飛び跳ねるか、様々な指示を出してくれる。
これを仕事にできたら楽しいだろうなと思った。
ラフティングが終わった後は、仮事務所に戻り普段の仕事を手伝った。
ブルーシートをたたんだり、靴をしまったり。

それは仕事なんだけど、なぜか落ち着いてできるところがある。

日高町から考えたこと

no5

昨日の体験を踏まえて成果の発表。

想像よりはこじんまりしたイベントだったけどみんなが誰かしらと知り合いでとてもいい雰囲気だった。
できればHOAではどういう人が働いていて日高ではどういうポジションなのか皆さんに伝えたいと思っていた。

結果としては、内容は少し薄いように思ったが、それよりも自分が楽しめたことが一番良かったと思う。

今までこの大学生活の中でやってきたことといえばどう人に評価されるかということばかり考えていた。
でも、今回は自分もこれなら楽しんでできる、というものを形にできたのは良かったと思う。

最後それを持って帰ってくれるって言ってもらえたのが忘れられない。

no6

間の時間に地元の高校生と話す機会があって彼らはスキーがやりたくてこの日高に来たらしい。
昔の自分なら偏差値と大学進学実績でしか高校を判断できなかった。

今になって勉強なら今の時代やろうと思えばいくらでもできるし、むしろそんなことはさほど価値にはならない事がわかる。

自然に囲まれた中で夏にはラフティングをやり、冬にはスキーをする。
そんな経験のほうがよっぽど人間として大切なように思う。

それよりも高校の段階で自分の地元を離れてまでやりたいことがあることが純粋にうらやましかった。

彼らには進学実績なんかよりも自分のやりたいことで高校を探すという当時の自分よりもよっぽどいいものを持っていた。

感想

今回のまち冒険で思ったこと。
仕事観については、今までは正直お金が一番考えるべきことだと考えていた。

人生の最終目標はお金を稼ぐことではなかったけど、でも自分が自由にするためにはある程度のお金は大切だと思ったから。

今でもそれはそう思うが、でも小さくなっている。
というのは、そんなにもらえなくても自分の好きなことをやっていたら、それでいい気がする。
むしろ、ほんとに楽しめることなら自分からたくさん知恵は出てくると思うし、多分それに周りもついて来てくれるとおもう。

でも、そのためにはやるべきことをしっかりやらなければいけない。

楽しいと楽は違って、楽しむためには楽はやっちゃダメってことが分かった。
そして、もう一つはこの地方創生や地域活性化を考える時どうしても自分たち側の人間は上から目線的になりすぎている。

自分たちがどうにかしてやろう、こうしたほうが絶対良いのになんて思ってしまう。
そこには確かに、この地域のためにという気持ちは少なからずあるんだと思う。

でも、それは究極的に第三者の意見であるという認識が前提になければいけないのだ。
いま、自分が学んでいる観光という学問において、どうしたらその地域が搾取されずに観光という産業を活かしていけるかが一つの大きなテーマにある。

それを頭ではわかってはいたけど、じゃあもし自分の地元が地方の斜陽な地域だったとして、急に都会からきた人間がどうこうすればいいだなんて言われたときどう感じるのだろうか。

だから、今回のまち冒険では自分たちが日高でどんな風に楽しめたのか、そこに気付くべきなんだと思う。

なぜかというと自分たちのまちの良さを理解してもらって、そこから相手のことも知ろうと思えるからである。

その瞬間初めて地域の人との道が小さくでも開けるのではないだろうか。

自分たちの今、学校で学んでいることはどう役立つのか、最近役立たないかもと思うことも多い。

そんな中この日高でのまち冒険を通して自分の生き方の一筋を見つけたように思う。

no7

浅沼 ひろき

浅沼 ひろき

立教大学 観光学部 二年生

観光とは何か、を追求します。