内藤さん

「稼ぐことより生きること。」ハーブ農家が病床で見つけたのは植物が助け合う農園

バジル
カモミール
ローズマリー
レモンバーム…

ハーブには香りづけをするだけではない様々な役割があります。しかし農産物として見てみると、市場価格が大きく変動するとても扱いづらい作物でもあります。

ハーブ農家の内藤さんは、仕事で体調を崩した時に園芸療法と出会いました。土いじりを通じて自分を取り戻していくことで、まったくの園芸初心者でしたが「農業を仕事にしたい」という想いを抱き、ハーブ農家になります。

しかしその道は、決して平坦ではありませんでした。

経験ゼロ、農業機械ナシ。スタートは荒れた耕作放棄地。
機械にも肥料にも頼らない、知識と「コンパニオンプランツ(共栄植物)」と言われる、近くに植えることでお互いを助け合う作物の組合せで生み出すハーブ畑。

まるで小さな宇宙のようなハーブ園で、土と人と向き合う農家の内藤さんを紹介します。

病牀六尺で見つけた希望 コンパニオンプランツ

島根で公務員として働いていた内藤さん。ある時、職場環境が変わり、体調を崩してしまいます。

内藤
休職中、津山の自宅で療養していた時、ふと母親が育てていたプランターに目がいったんです。トマトとバジルをキツキツに植えていて、普通はこんなやり方じゃ育たないと思うんですが、こんな元気なバジルは見たことがない、というくらい元気に育っていたんです。病牀六尺でコンパニオンプランツという希望を見つけたんです。


病床に臥し、六尺の布団から出られなくとも、移ろいゆく自然に想いを馳せた正岡子規に自分を重ねる内藤さん。
野菜やハーブを一緒に植えることで、病害虫に強くなったり、収量が増えたり、良い影響を与え合う共栄作物「コンパニオンプランツ」に心奪われていました。

それまで「農」の経験がなかった内藤さん。
自宅にあった小さな畑で土いじりをすることが体調の回復につながるのではと、自分流の園芸療法に取り組みました。
土いじりが性に合っており、これを仕事にできないかと模索しますが、すぐに壁にぶつかります。

内藤
最初は農協の直売所でカモミールや野菜を売っていました。でも、野菜はプロの農家が格安で売る規格外品に勝てるわけもなく、ハーブも何もわからず輸入品の値段に合わせていたので、とても利益を出せる商売にはならないと思いました。

「農」の道を一度は諦めかける内藤さん。
そんな時、誘われて真庭市勝山のイベントでハーブを路上販売することに。
この時、たまたま哲学するパン屋「タルマーリー」前での出店だったことをきっかけに、内藤さんのハーブプロジェクトが事業化していきます。

内藤さんのハーブ畑。一見雑然としてみえますが、様々な条件でコンパニオン関係を試しています。

内藤さんのハーブ畑。一見雑然としてみえますが、様々な条件でコンパニオン関係を試しています。

タルマーリーの前に出店してわかったこと

まず、このタルマーリーですが、野生採取の菌によりパンやビールを作る不思議なパン屋さんで、『腐る経済』(講談社、2013年)という本で、美味しさや効率ではなく“菌”を中心にパン作りを行い、地域に良い循環をもたらすというアイデアを提唱し、コアな人気があります。
現在は鳥取県智頭町にありますが、当時は岡山県真庭市で営業していました。

内藤
タルマーリーへの出店で、「タルマーリーに来るお客は自分のハーブも買ってくれる」と気づいたんです。タルマーリーの「パン1個が300円、その代わり完全天然酵母で品質には一切妥協しない」という姿勢に感銘を受けました。私も「良いものを適正な価格で、買ってくれる人を探して売れば道がひらけるんじゃないか」そう思ったんです。

コアな人気を誇るタルマーリーに、ローカルベンチャーが次々立ち上がっていることで有名な岡山県西粟倉村の人々も集まっており、前出の『腐る経済』の出版記念イベントで西粟倉のデザイナーと出会った内藤さんは、自身のハーブブランド「香草工房」の立ち上げに至ります。

内藤
ハーブをみせると「モノはいいから、あとはデザインだね」と言ってもらい、今から考えるとかなり格安でブランディングを引き受けてくださいました。それまで1袋100円や200円で売っていたんですが、「500円で売るようにしなさい。そのかわり500円で売る努力をしなさい」とアドバイスを受け実践すると、応援してくれる方が出てきたんですね。

香草工房を立ち上げると、様々なイベントから誘いがかかりはじめました。
縁ができた鳥取を中心として、オーガニック系の販売イベントに次々出店。
地元津山でも徐々に縁ができはじめ、高校の同窓会の引き出物にも採用、ハーブ教室との連携など徐々に拡大中です。
現状は、新聞配達をしながら、ハーブ農家をしている状態ですが、さらなる農地の拡大と専業化を目指しています。

岡山県西粟倉村のブランディングデザインファーム「nottuo」による、内藤さんのハーブショップ「香草工房」のウェブデザイン。

岡山県西粟倉村のブランディングデザインファーム「nottuo」による、内藤さんのハーブショップ「香草工房」のウェブデザイン。

コンパニオンプランツでオンリーワンの農家へ

内藤さんのハーブ園を訪れて驚いたのは、その小ささと、草木生い茂る雑然具合。
しかし、内藤さんに案内されよくよく話を聞いてみると、その理由がわかってきました。

内藤
本当に経験がないところから始めたので、農具も肥料も何もありませんでした。素人の私が農具や肥料を今から揃えたところで、利益の回収がいつになるかわかりませんし、プロの農家には太刀打ちできません。それならいっそ、肥料も農薬も使わない自然農法でやってみよう、と。ただ、ハーブに関する知識だけは誰にも負けないようにすると決めました。原産国を学び、コンパニオンプランツを植え、そのハーブにとって最適な環境を作り出す実験をしています。失敗も多いですけどね。


内藤さんが始めに手にした畑は、もともと田んぼだった耕作放棄地。
雑木林のなかで他に畑もないので農薬は飛んでこないものの、水はけが悪くハーブを育てる環境としては、かなり条件が悪い土地です。
実際に数々のハーブが根腐れをおこし、枯れていきました。

プランターや、畝立てを工夫し、水はけをよくする実験を行い続ける内藤さん。
新たなコンパニオン関係を試し、ハーブの植え替えを重ねる日々が続きます。
新しく借りた河川敷の畑は逆に水はけが良すぎて合わないハーブも多いのですが、耕作放棄地の畑なかとはまた別種のハーブを育てることが可能となり、今では約50種のバリエーションがあります。

内藤さんは自らが建てた戦略、「自然農法」と「少量多品種」による身の丈にあったハーブ栽培。
ここでの経験値と販路開拓を元に農地の拡大を考え、勉強中です。

内藤さんのハーブ畑。雑然とした中は、ハーブたちの共生を目指す実験場でした。

内藤さんのハーブ畑。雑然とした中は、ハーブたちの共生を目指す実験場でした。

半農半X的な姿勢のまま、専業のハーブ農家へ

トランプ大統領の誕生に伴って、環太平洋経済連携協定(TPP)の先行きが不透明になり、農業の国際競争力を高めようと勧められてきた「農業の大規模化」も方向性を見失いつつあります。
確かに、小規模農家や狭い農地が多い日本で、産業としての農業を効率化させようと思えば、大規模農家によって効率的な作付け・収穫が行われることが合理化の道かもしれません。

でも、そうなってしまったとき、「農」はとても遠くにいってしまいます。
塩見直紀さんが提唱した「半農半X」は、そんな「農」をもっと身近に感じて生きる生き方の提唱でした。

内藤さんは、そんな「半農半X」的な生き方をしながら、専業農家を目指すイノベーションを起こしつつあります。
内藤さんというごく小さな農家の共生植物園のプロジェクト、応援してみませんか?

内藤さんが新たに借りた河川敷の畑。範囲は内藤さんの立ち位置から、黒いビニールまでのごく小さなもの。

内藤さんが新たに借りた河川敷の畑。範囲は内藤さんの立ち位置から、黒いビニールまでのごく小さなもの。

西嶋 一泰(にしじま かずひろ)

西嶋 一泰(にしじま かずひろ)

民俗学者・ライター

専門は祭り。島根県大田市で山村留学を絡めた地域おこしに従事。