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400年間の歴史を持つ高岡銅器。経験ゼロで自らOriiに飛び込んだ女性の挑戦

富山県高岡市で作られている「高岡銅器」の歴史は1609年にさかのぼります。

加賀藩主の前田利長がいまの高岡市金屋町(かなやまち)に鋳物師(いものし)を呼び集めて産業の振興を図ったのがはじまりとされています。

現在も、日本の銅器生産のシェア9割を占めている高岡市。今回紹介する堀内茉莉乃さんは、ここ富山県高岡市の「モメンタムファクトリー・Orii」という高岡銅器のメーカーで働いています。

3代目社長の折井宏司社長率いる「モメンタムファクトリー・Orii」は、現代的な製品を独自に開発することにチャレンジし、高岡銅器の魅力を日本のみならず、世界に発信しています。

堀内さんは2015年3月からこの会社で最年少のスタッフとして働きながら、個人としても金工作家をめざしてアクセサリーづくりに情熱を注いでいます。

そんな堀内さんのものづくりにかける挑戦についての話を聞きました。

モメンタムファクトリー・Oriiの人気商品である薄い銅製のバケツ

モメンタムファクトリー・Oriiの人気商品である薄い銅製のバケツ


金属の着色は奥が深い。もっと探求してみたい

堀内さんは、もともと東京の出身。
ものづくりに興味があり、都立工芸高校を卒業して、京都伝統工芸大学校に入学しました。そこで金属工芸を学ぶうちに、煮色という技法に興味を持ったそうです。

堀内
硫酸銅と緑青(ろくしょう)を混ぜ合わせた水で銅や銅合金を煮込み、黄色や茶褐色などに色を変化させる煮色という技法や、また「腐食して錆びる」という銅の特性を生かした伝統的な技法もあり、これは奥が深い!
もっと研究してみたいと思ったんです。


煮込む前には品物に大根の汁をつけるということが伝統的に行なわれてきました。そうするとなぜか色がきれいに出る。こうした先人の知恵にも堀内さんは惹かれたそうです。

これをバーナーで熱すると銅版に模様が現れる。これを「糠焼き」と呼ぶ

銅版に硫黄と塩を混ぜた米糠(ぬか)を塗る

銅版に硫黄と塩を混ぜた米糠(ぬか)を塗る

これをバーナーで熱すると銅版に模様が現れる。これを「糠焼き」と呼ぶ

求人は出ていないのに「働きたい」とメールしました

モメンタムファクトリー・Oriiとの出会いはインターネットでの検索でした。

堀内
銅の着色の仕事を探したらモメンタムファクトリー・Oriiを見つけました。
それで「働きたい」ってすぐにメールを出しました。求人募集は出ていなかったんですが……(笑)



モメンタムファクトリー・Orii は1950年に折井着色所として創業、一貫して高岡銅器の着色を手がけてきました。

3代目の社長である折井宏司さんは、東京のIT企業からUターンして家業を継ぎました。

そう考える折井社長は、これまではむずかしいと考えられていた1mm以下の薄い銅板への着色を、さまざまな試行錯誤によって成功させるなど、技術革新を成功させています。

最先端だけど伝統的という相反することに挑戦しながら、テーブルウェアや建築資材などのオリジナル製品を積極的に開発し、Oriiをインターナショナルな企業に育てあげました。

モメンタムファクトリー・Oriiの本社兼工場にて

モメンタムファクトリー・Oriiの本社兼工場にて

仕事と並行して金工作家としても活動しています

堀内さんの仕事のキャリアはまだ1年半を過ぎたばかり。銅の伝統的な着色には、煮色のほかにも、銅長色、朱銅色、鉄漿(おはぐろ)、焼青銅などのさまざまな技法があり、学ばなければいけないことは多い。

今は会社から徒歩15分ほどのところにあるアパートに住み、日々仕事に打ち込んでいます。

堀内
じつは家に帰ったあとや土日も、ものづくりに没頭しているんです。
小学生のころからアクセサリーをつくるのが好きで、仕事と並行して金工作家としての活動もしています。ありがたいことに会社にもそれを認めてもらっています。


仕事では伝統と革新の両立をめざす会社のスタッフとして奮闘し、プライベートでは作家としてのひとり立ちをめざす。堀内さんの大きな夢を応援したい。

堀内さん作のアクセサリー(ピアス)。従来の商品ラインナップとは別に、各スタッフが得意な分野で商品を企画・制作した「irisé」シリーズの一品

堀内さん作のアクセサリー(ピアス)。従来の商品ラインナップとは別に、各スタッフが得意な分野で商品を企画・制作した「irisé」シリーズの一品

《注》
この記事は、第一プログレス発行の雑誌『TURNS』Vol.18(2016年8月号)の記事を再構成しています。

大塚真

大塚真

編集者・ライター

出版社兼編集プロダクションの株式会社デコに所属。http: / / www.deco-net.com /