お互いの“好き”と“得意“を持ち寄って。夫婦で営む小さな村のオーガニックカフェ

ここは長野県の南、上伊那郡中川村。中央・南アルプスの隆起と天竜川の侵食による地形は、「日本で最も美しい村」連合に名を連ねるほど美しく、ユニーク。

その中川村が誇る名峰・陣馬形山(じんばがたやま)の麓にポツンと佇むカフェ「base camp COFFEE」。

なぜ、こんなのどかな里山に都会的なカフェが? どんな人が働いているの? 実際にお邪魔してきました!

外観だけでなく、内装や小物にもこだわりが詰まったおしゃれなカフェ

カフェがある中川村を訪れたのはちょうど、秋が深まりつつある時期。

赤らみ始めた山景を前に大きく息を吸うと、澄んだ空気が身体を通り抜けるのを感じます。ああ、いいところだ。

「こんにちは」と笑顔で迎え入れてくれたのは、長身で坊主頭、笑顔が素敵なご主人の伊藤聖史(たかし)さんと妻・奈都子さん。

北海道で出会ったお二人は、お互いの“好き”と“得意”を持ち寄り、長野でお店を始めました。

土間コンクリートの床に趣ある古家具。インダストリアルな素材をミックスして配置したシンプルな空間。

ガラス張りの窓から光が降り注ぐさまがとっても素敵。流れているのはたしか、ノラ・ジョーンズ?ああもう! オシャレすぎ。

彼、コーヒー屋をやるまでカフェラテしか飲めなかったんですよ(笑)
「いや、飲む機会がなかっただけだって」

妻・奈都子さんの思いがけない暴露に、照れくさそうに言い返す聖史さん。お揃いの黒ぶち眼鏡を向かい合わせ、ふっと笑った二人を取り囲む空気が、なんともいえず温かい……。

床も土壁も、聖史さんが畑仕事のかたわら、ほぼ自力で改装したというけれど……スゴすぎない?

聖史さんが「圧倒的に音が違う!」と惚れこむ真空管アンプはオーダーメイド。同じ中川村にある「福田製作所」によるもの

天然成分にこだわった石鹸や、地元作家のポストカードの販売も

村の“旬”が詰まった料理と、“罪悪感のない”スイーツ

お店で出すのは、自分たちで育てた無農薬野菜のカレーに、旬のフルーツを使ったスイーツ、そしてコーヒー好きの奈都子さんが入れる自慢のコーヒー。

「この辺りはフルーツが有名で、今の時季だとりんごですね。今日のおすすめは紅玉を使ったこの2皿です」と、聖史さんがりんごのタルトとそば粉のガレットを置いてくれました。

紅玉の気高い香りと、余韻たっぷりに膨らむ甘酸っぱさ。キュンとするような中川村の恵みが身体に染み渡り、思わずため息が……。

自家製の素材がふんだんに使われている安心感からか、お客さんには「罪悪感のないスイーツだね」と好評だそう。

(右)そば粉のガレット600円/りんごのタルト300円(左)

ガレットに使うそば粉も中川村産。村では農地の遊休地防止に取り組んでいて、そばの作付け活動に聖史さんも参加

コーヒーもオーガニックにこだわります。使用するのは奈都子さんが故郷・北海道で通っていた教室から送ってもらう、ペルー産とコロンビア産のオリジナルブレンドとのこと。

まろやかな苦みとピュアな酸味がりんご一色の口内をきゅっと引き締め……ああ幸せです。

オーガニックのコーヒー豆にこだわるのは「うちは野菜もお米も無農薬なので、コーヒーもそうしたいなと思って」との想いがあってのこと。

柔らかな手つきで丁寧にドリップしていく奈都子さん

自分たちで大切に育てた無農薬野菜をお店で提供

春は山菜、秋はキノコを採りに行く暮らしをしたかった

里山の暮らしを謳歌する聖史さんと奈都子さん。北海道で出会い、聖史さんの故郷である中川村へ移住したお二人に、当時の心境を振り返ってもらいました。

聖史さん「北海道ではごく普通の会社員をしていました。でも、どこかで土のあるところに根を張って暮らしたいという思いがあった。

そこで思い出したのが、故郷の中川村で祖父母がしていた生活。春は山菜、秋はキノコを取りに行き、自分たちで食べるお米を自分たちで作る。冬は山から切り出した薪で暖をとる。そんな暮らしがしたくて」

ダイコンを収穫させてもらった筆者。土の匂いと手触りに、大根も張りがあって美味しそう……って、ミミズがくっついてる! あぁ、これが「自給自足」の醍醐味なのかも!

奈都子さん「中川村には何度か来ていて、人も場所も面白いところだなという印象を持っていました。子育ての面でもいろいろな経験をさせてあげたかったので、移住にはノリノリでしたよ(笑)」

「生まれたときからずっと札幌で、親戚も全員札幌にいるので、『田舎に帰る』というのに憧れていたんです」(奈都子さん)

祖母にアイスを買ってもらった、その思い出の場所が今のお店

こうして、聖史さんの生まれ育った中川村へと移住した二人は、祖父母が使っていた畑で農業を始めます。

そして1年後のある日、畑仕事をしていた聖史さんは目の前のある建物に心を動かされたそう。

聖史さん「今お店がある場所はもともと農協のスーパーだったんですが、そのころから『そういえばあそこ空いてるなあ』と気になるようになりました。

現在の姿。センスよくリノベーション

実はここ、小さいころに祖母にアイスを買ってもらった思い出の場所でもあって。いずれお店を持ちたい気持ちもあったので、妻に相談してカフェをやってみることにしたんです」

「暖かい季節は畑仕事も忙しいし、レジャーのお客さんも増えるので、正直お店との両立は大変ですけれど」と笑う聖史さん

ここでちょっとイジワルな質問。仲良し夫婦とはいえ、24時間一緒にいると衝突することもあるのでは……?

奈都子さん「そりゃあ八つ当たりくらいは……(笑)でも、出会ってもう9年。お互いの“これ以上は言っちゃいけないな”というラインが分かってきたというか。ね?」

聖司さん「あはは、そうかも」

赤ちゃんからおばあちゃんまで、みんなが集まるベースキャンプ

そんな2人が始めた、山の麓のカフェ。人々が集まって情報交換をしたり、一息ついたりできる“ベースキャンプ”のような場所にしよう――店名にはそんな願いが込められているんだとか。

聖史さん「近隣の市町村や遠く首都圏からもコーヒーを飲みに来てくれるお客さんがいます。年齢でいうと、生まれたての子から100歳近いおばあちゃんまで

奈都子さん「毎日、農作業の途中で長靴履いたまま来てくれるおじいちゃんとかもいるね」

©髙橋詩織

実は、サルサシンガーに作家、画家、アフリカ太鼓のプロ(!)まで、隠れた人材の宝庫だという中川村。

個性豊かな人々が訪れる「base camp COFFEE」は今、人々を繋ぐハブのような存在になりつつあるようです。

「イベントもやりますよ。去年のクリスマスには、近くに住むジャズシンガーの方を招いて歌ってもらいました」と奈都子さん。

季節や旬を大切にする、そんな当たり前の暮らしを絶やしたくない

本当に「ベースキャンプ」の名前を体現しているんですね。そんなお二人に、これからの目標についても教えてもらいました。

聖史さん「僕がやりたいのは、人々が昔から続けてきた暮らしに価値を見出し、その豊かさを多くの人とシェアし未来に受け継いでいくこと。

例えば、スーパーに行けばコンニャクは24時間365日いつでも手に入ります。でも、原料となるコンニャク芋を育てるのに最低でも3年かかることはあまり知られていません。

そうして育てた芋をおばあちゃんの秘伝のレシピに倣い、手ですりおろし、薪ストーブから出た灰汁(あく)で茹でると魔法のようにコンニャクが出来上がる

出来たてのコンニャクを刺身にして、沢で採ってきたワサビと醤油で食べたら、本当に美味しいんです!

そういう、昔の人が当たり前にしていたことが真に豊かな暮らしなんだなと思う。それをウチのお店を通してシェアすることで将来に受け継いでいけたらいいなと思います」

最後に、お互いの好きなところを一つ聞いてみると……

「農業も家造りも、何でも自分でやるところ」(奈都子さん)
気遣いがすごい! もともと真面目で思いやりのある人なんで」(聖史さん)

……ごちそうさまです!

感度が高く、それでいて気負いなく自然体のご夫婦。中川村の“ベースキャンプ”のような存在になりたい――その想いを応援せずにはいられません。

取材・編集/井上こん+プレスラボ
写真/五味貴志