関西弁の、気さくなお人柄。イタリア人のように陽気な職人さんだ。
大阪生まれ大阪育ちの安田さんだが、奥さんの故郷である長野に移住。子育てしながら、家族3人で暮らすことを決めた。

「世界に一台」の手づくり自転車。 長野の小さな工房にオーダー殺到の訳

日本ではまだ数少ない、「世界に一台だけ」の自転車を手づくりする“フレームビルダー”として活躍する安田マサテルさん。本場イタリアで10年間修行を積み、長野に移住。4年前に自転車工房「Atelier Kinopio」を長野県・箕輪町で開業し、子育てをしながら、家族3人で暮らしています。

生まれも育ちも大阪。関西弁で気さくな安田さんですが、なぜ長野県で自転車工房を始めたのでしょうか?

仕事のスタートは「会いに行く」こと!

自転車好きなら誰もが憧れる、オーダーメードのフレーム。体型や骨格に合わせて設計し、乗り手の求める走り・乗り心地・デザインを実現できるのが特長です。

安田さんち5

自転車職人としての確かな腕前が評判となり、人づてにオーダーが絶えない安田さんの自転車。オーダーを受け、最初の仕事は、お客さんに会いに行くことです。最初だけでなく、顧客の希望によっては再度打ち合わせ、納品まで自ら行うこだわりを持っています。

安田
身長、体重、座高、足の長さなどの数字は、電話やメールで聞くことも可能です。ですが、肉付きや骨格などはお会いしないとわからない。また、どんなデザインや色を好まれるのか、普段どんなお仕事に就かれてるのかなど、お聞きしていきます。ご自宅の雰囲気から好みの傾向がわかることもありますね。遠方のお客様でも、スケジュールを調整して必ず会いに行きます。
家族構成も大事ですね。奥さんに怒られない予算で、という配慮もできますから(笑)。電話やメールじゃ分からないことってたくさんあるんですよ。
デザイン案は、イラストレーターで作成されたスケッチ。 実際に会って打ち合わせをし、緻密にデザインすることで顧客の希望に近づけていきます。

デザイン案は、イラストレーターで作成されたスケッチ。
実際に会って打ち合わせをし、緻密にデザインすることで顧客の希望に近づけていきます。

実際に製作された商品は、イラストのイメージそのまま!金属加工・制作だけでなく塗装のデザイン力・表現力が安田さんの持ち味です。

実際に製作された商品は、イラストのイメージそのまま!
金属加工・制作だけでなく塗装のデザイン力・表現力が安田さんの持ち味です。

イタリア人もビックリ!
「木の自転車」が、修業の道を開く!

子どもの頃から自転車が好きだった安田さん。
高校2年生の夏休みに、「お金はないけど、旅がしたい」と思い立ち、通学用に使っていたスポーツバイクで走り出します。目的地である九州には無事到着したのですが、帰りの鳥取で自転車が故障してしまいます。近辺の自転車屋に駆け込むも、高度な修理が必要と言われ紹介されたのが、とある自転車工房。藁にもすがる気持ちで持ち込むと、職人さんの手にかかり、自転車は元通りに修復されたのです。

その職人さんの姿に感銘を受け、「自分も自転車職人になりたい」と進路を芸大に定め、デッサンを習い始めます。もともと絵を描くのが好きだったそうですが、わずか1年でめきめきと上達し、大阪芸術大学工芸学科に入学。金属工芸の基礎知識を身につけます。

安田
いざ自転車を作ろうと思い、一台作ったのですが、とにかく難しくて知識不足、経験不足を思い知りました。自転車づくりを学ぶため、自転車の本場であるイタリアで修行をしようと決意しました。

大学卒業後に一年間、大学教員として働きながらイタリアに渡るための費用を貯めたそうですが、渡航費を払えば残ったお金はごくわずか。そのわずかなお金を握りしめて念願のイタリアへ渡り、初めてつくった自転車で修行先を探すべく何十軒もの工房を訪ねました。その初めてつくった自転車のフレームが木製だったことで、道が開けていきます。

安田さんが初めて作った自転車はフレームが木製。こんな自転車、見たことがない。

安田さんが初めて制作した自転車。フレームが木製で、とてもオシャレ!

安田
なんで木の自転車かって?見た人に『なんやこれ!?』って思って欲しいじゃないですか。案の定、イタリアでも
『これ、お前がつくったんか!?』『みんなこっちこい! おもろいやつきたで!』
と、職人さんが集まってきました(笑)

木製のお手製自転車がキッカケとなり、希望した工房が快く修行を受け入れてくれました。工房から工房を渡り歩き、着実に技術を身に着けた安田さん。人生の師となる「ズッロ氏」にも出会い、7年間右腕として働きました。

物価高で知られるイタリアでの修行生活は苦労の連続だったという。 自転車の仕事が少なくなる冬は、日本に“出稼ぎ”のため帰国し、芸大時代の友人の仕事を手伝うなどして生活費を稼いだ。

イタリアでの修行生活は、自転車だけでなく、その考え方、ライフスタイルにも学ぶところがありました。

安田
イタリアでは、自転車の技術だけではなく、その考え方にも学ぶことが多かったです。イタリア人って、物を大切にするんですよ。お父さんやおじいさんの家を自分たちで直して住む人が多い。古くなったものを活かして、使っていくのが上手いんですね。
イタリアでは、いいもの(=本物)を大切に長く使うことが価値に繋がる。60年以上のプジョーの自転車を大切にしているお客さんもいましたし、貴重な自転車に触れさせてもらう機会があった。それくらい大切にしてもらえる自転車を、自分もつくりたいと思いました。

日本にイタリアがあった!
初仕事は築100年の古民家を蘇らせること

イタリアで10年の修業を積み、帰国した安田さん。長野で開催された自転車のイベントで総子さんと出会い、結婚します。地元・信州で暮らしたいという総子さんの希望を叶えるべく、知人を頼って紹介されたのが、長野県箕輪町にある現在の家でした。

安田
箕輪町に初めて来たとき、景色にびっくりしたんですよ。りんご畑に、南アルプス!イタリア時代に過ごした、トレント州の景色にそっくり。トレントもりんごとワインの産地で、箕輪と同じ、精密機械の町なんですよ。
箕輪町は日本で唯一、南アルプスと中央アルプスが一度に眺められる「伊那谷」エリアの北部。 イタリアのトレントに似た風景だとか。

箕輪町は日本で唯一、南アルプスと中央アルプスが一度に眺められる「伊那谷」エリアの北部。
イタリアのトレントに似た風景だとか。

しかし! 知人から紹介された物件を見てびっくり。築100年は経過しているであろう古民家だったのです。
「うわぁ、ボロボロやん!って」と笑いながら当時を振り返る安田さんですが、トレントに似た箕輪町の景色と格安の家賃に惚れ込み、即決。住みながら家の改修をスタートさせます。

壁を抜き、窓を取り付け、屋根を葺き替えて、汲み取り式トイレを水洗に。改修のほとんどをご自身でされたそうです。

朽ちていたガレージ(上)に手を入れ、現在のアトリエに(下)。

朽ちていたガレージ(上)に手を入れ、現在のアトリエに(下)。


アトリエが仲間たちとのパーティ会場になることもあります。

アトリエが仲間たちとのパーティ会場になることもあります。

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4年かけて住居を改築。 吹き抜けの解放感と木のぬくもりが心地いいリビングは、薪ストーブでぽかぽかです。

4年かけて住居を改築。
吹き抜けの解放感と木のぬくもりが心地いいリビングは、薪ストーブでぽかぽかです。

安田
自転車のええとこって、健康になるし、何より気持ちええとこです。
伊那谷は、空気も景色もいいから、近所走るだけで楽しい。
南アルプスの山麓見ながら家族で走って、道の駅でソフトクリーム食べてね
安田さんのプライベート自転車。「チャイルドトレーラー」つき!

安田さんのプライベート自転車。「チャイルドトレーラー」つき!

トレーラーは、2歳の長男専用座席! 家族3人で買い物をしたり、サイクリングするのは、最高に楽しい!

トレーラーは、2歳の長男専用座席!
家族3人で買い物をしたり、サイクリングするのは、最高に楽しい!

安田
いつかは、自転車をつくるだけじゃなくて、自転車の楽しさを感じてもらうための場をつくりたいと思ってます。お客さんたちと自転車でイタリアを巡るツアーとかをやりたいですね。
自分の足で進んでいって、ドキドキの向こうに爽快感や達成感がある。自転車って暮らしを豊かにするエッセンスなんです。

そう将来の展望を話してくれた安田さん。好きなことを生業にした今も、自転車に魅了されています。そんな安田さんのつくる自転車は、自転車に乗る楽しさがいっぱい。サイクリストも数多く訪れる南アルプスを臨む壮大な景色の箕輪町を、安田さんの自転車で思いっきり走ってみたくなりました!